2008年2月27日 (水)

味噌仕込みと犬

最後まで微熱が続いた10歳も
今日から登校。
グッタリ元気のない3兄弟は可哀相だったが
元気になったら元気になったで
ピーチクパーチク 「うるさーい!」
と、一喝したくなるほど賑やか。

私のしぶとい咳もボチボチぬけてきた。
それにしても恐ろしいほどの早寝の習慣が
副産物として残った。

昨日からタイマグラの炭焼きに又貸ししてもらい
(図書館すみません)
長野で炭焼きをしている青年の本を
おもしろく読み始める。
世の中にはお友達になれそうな人が
まだまだいることに嬉しくなる。

週末は恒例の味噌豆踏みツアー
今日は豆を洗い水に戻した。
今年は「秘伝豆」でも仕込む。
豆の旨味が濃い青豆の秘伝豆、楽しみ。
口開けは3年後だけど…。

今日になって味噌ツアー2名キャンセルの連絡が入る。
飼っている犬の具合が悪いという。
そんな連絡をもらって思い出したが
去年の参加者の一人も、出発間際に飼い犬が
天国に旅立ったといってた。

先日は連れ合いの両親のところで
飼っているゴールデンの♀エルが死んでしまった。

松江の家のすっかり弱ってしまった老犬は
先週危うく臨死体験。
父など看取りの時間まで計ったようなのだが
ほどなくむっくりと起き上がったという。
電話がなるたびに「もしや…」
と、なんとなく覚悟はしているのだけれど
おちゃめで陽気な犬。
ちっこいけれど存在感は大なのである。

味噌豆と犬の旅立ち、春先はそんな季節なのだろうか。
今月と言われていた
六ヶ所、核燃料再処理工場の本格稼動が
5月に延期になった。
ガラス固化体の製造がうまくいかないとか。

嫌だな、そんな危なっかしいものがうまくいかないのに
急いでやってるって…。
ど~ぞ~このまま~ ど~ぞこのまま~(by 丸山圭子)
って思わず新聞読みながら歌ってしまったけど。
洞爺湖サミットむけて「やってますよ~」
とかって言いたいからだろうか。
6月青森でエネルギー大臣会議があるらしい。

子どもたちが電気に頼らない暮らしに盛り上がっており
目標1ヶ月使用量100kwhを下回る努力をしているのである。
ちなみに2月は111kwh。冬は少なめなのだけど…。
省エネ少年たちのおかげもあっての早寝。
やっぱり冬眠か。

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2008年1月30日 (水)

月心居

寒波もひと段落。とはいえ
まだまだ冷え込むこの季節に訪ねてくださる奇特なお客さん。
それも本日3泊目。
連れ合いとお客さんは花巻の大沢温泉へ。私も!との思いと、
子どもたちの下校までは無理だろうし、
水曜日だけどまだ手つかずの原稿、
お風呂の残り湯で大物洗濯のチャンス…
うーん涙の見送り。

今年初めてのお客さんであり、そして私が来る前からの
長いお付き合いの方でもあり
連れ合いの変遷、私たち夫婦のことを興味深く!?
面白がってくださっている様子。
(ある意味私たちと対極にあるような
ご夫婦の形に、大変興味深いお話をうかがう)

折りしもこの4週分、新聞の連載は
夫婦のことを書いていたりする。
夫婦のあり方を問う出来事やら
考える話題の提供があったりありがたく思う。

お客さんは食品関係の会社を営む方でもあり
こちらも気合が入る。
(もちろんどなたが来ても気合はいってます)

晩に戻ってから連れ合いがソバ打ちをするというので、
周辺準備を整える。
他に何かないかなと野菜かごを見たら、
レンコンと目があったので蓮根餅を思い立つ。

蓮根餅を初めて食べたのは、東京で会社勤めをしていた頃。
表参道から一筋はいった所に
「月心居」柔らかな灯りが、店の名前を照らす。
精進料理のお店を始める間際の月心居、棚橋さんの蓮根餅だった。
野菜の勉強会でご一緒したのをきっかけに、
何度かご馳走してもらったり、
雑誌に紹介する野菜料理を教えていただいたこともあった。

こじんまりと居心地のよいカウンターと
襖の仕切りなど工夫が施されたお座敷。
一人で立ち働くに程よいスペースの厨房、
お料理をひきたててくれるであろう器の数々。
できたばかりの自分の城となるお店を
嬉しそうに案内してくださった。

蓮根餅はレンコンをおろしてサラシで汁気をかすかにきる。
おろしたレンコンに塩を入れて小判型にまとめて揚げる。
レンコンのデンプン質が加熱され、
外は薄っすらさっくりと、
中はもっちり。
何とも滋味にあふれていて…。

私のレンコン好きはこの時に始まったような気がする。
棚橋さんの野菜と向き合い、いとおしむように料理する姿を
垣間見ることができたのは幸せだった。
いつかまた訪ねよう。
そんなことを思いながら岩手へ来て14年が過ぎた。

何年か前、NHKの朝の連続ドラマ「ほんまもん」
の料理指導に棚橋さんの名前を見つけて
その活躍ぶりを感じたり。

何度か作ったことのある蓮根餅ではあったが、
ふと今日初めて月心居をネット検索などしてみる気になった。

…と「2007年12月をもって閉店」。
1ヶ月前だったんだ。
一つの区切りを迎えた15年だったのかな。

棚橋さんがもっとも心をかけているように思われたのは
毎朝すり鉢でごまを摺り、葛で寄せるゴマ豆腐。
街の喧騒が嘘のように静かなお店で
毎朝すりこぎを握ってきたのだろう。

時間がたっぷりある(はずの)冬、
私もゴマ豆腐作ってみようかな。

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2008年1月14日 (月)

去年よりずっと

今日は冷えた。この冬一番の冷え込みらしい。
多分マイナス15にはなった。
しかし水は凍らず私はゴキゲン。
洗濯機の水をためるのはタイヘンなので
台所の流しをきれいにしてから手で洗う。

脱水はやはり機械には負ける。
試しに回してみる。
やっぱり凍っている。
お湯をかけて解凍作業をしてから
初脱水機。洗濯機よ今年もよろしく。

冷え込みは厳しいけど晴天。
連れ合いと12歳は「鉄のレポート」のために
釜石の鉄の博物館へ。
よいまとめができればいいけど。

10歳と7歳は雪遊び。
スキーをはいてその辺を滑って遊ぶ。
暗くなってからはウルトラマンの
特撮のセットの絵を描き込む。
「シナリオ」も用意。
輪ゴムを使って怪獣から光線も飛び出す仕掛け
炎はレゴの赤と黄色

私は松江からもどり、クモの巣やら煤けた窓ガラスやら
が気になる。目が慣れないうちに大掃除。

「去年より~ずっと~キレイに~なった~」
と歌いながら。

キレイになった。外の雪のキラキラが
家の中でも楽しめるもの。

いつも年末って忙しいので・・・。若干の言い訳。
…ま、薪ストーブ使っていると
1週間もすればたちまちガラスは曇るし
この隙間だらけの家でクモの進入を防ぐのは不可能。
自己満足でしかないのをわかってもいるけど。

クモ大好きの連れ合いはクモの巣払いを
可愛そうという。
12歳も肉食には寛大な不殺生主義。
私はクモを殺してるわけではないのだけどね。
巣を払うのは無意味という見解の相違。

気が付くと、つい彼らの居ぬ間に
クモの巣など払ってしまう罪深い私。スンマセン。
様々な命と、そしてそれぞれの思いと共生している。

さー今晩も冷え込んでいる。
凍みホド第一弾決行!
雪の上にジャガイモを並べる。
ガチッと冷え込みますように。
めざせマイナス15度!

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2008年1月12日 (土)

何だかんだ言っても

昨夜松江で祖母と母たちと
食事をして別れてきたのが
遠い昔のよう。

お昼過ぎには雪のタイマグラへ。
気温もマイナス1度。
思ったほど冷え込んでないし
雪も20センチ。
水も凍ってなかった。
好調なスタート。

子どもたちは冬の感触を確かめるように
雪かき。今は雪合戦にかわり…。
遊びまくる。

今に「濡れた~」「冷たい~」
と入ってくるんだろうけど。

寝台車から東京の街が動き出すのを眺めていた。
7歳とマンションの灯りや
高層ビルで徹夜なのか早朝出勤か
既に電気のついているオフィスを見ながら
「いろんな暮らしがあるね
7歳はどんなところで、どんなことするのかな~」
と言っていたら
「やっぱオレはタイマグラに住みてーなー」
仲良しの友達と三人
パン屋とケーキ屋をするのだという。
できればいいね。

何だか寂しい…松江の家を出て
しょんぼり寝台車に乗った10歳だが
家にはいってくるなり
「何だかんだ言ってもタイマグラがいいな」
と言う。
10歳なりにいろいろな感慨があるのだろうね。

12歳は毎月お楽しみの「子どもの科学」が
届いていてさっそく読みふける。
プレゼントに応募していたの忘れて
見ていたら当選!
それも3度目。
よっぽど読者がいないのか?
今回は図書券1000円分。
もう今年の運を使い果たしたのでは?
冬休みの工作のヒントになる
立体模型を見つけて喜んでいた。
「鉄」のまとめもボチボチやりましょう。

さー私も連休明けたら六ヶ所関連
県議会のロビー活動が仕事はじめかな?
その前に明日届くダンボールを
早々に片付ける!

薪を運びこみ、家の周りの雪かきをして
今年もタイマグラの新しい1年が始まる。
今年はどんな出会いが待っているのか。

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2007年11月 7日 (水)

命をつなぐ

ちょいと長いブログ。
書き出したらつい・・・。
少々お付き合いください。

今週9日岩手県宮古市を皮切りに
県内の各地で映画「六ヶ所村ラプソディー
鎌仲監督の講演と上映会が続く。
宮古は鎌仲さんの講演と「タイマグラばあちゃん」の澄川さん
の講演の後、二人の対談というなんとも
ゴージャスな時間。是非お近くの方はお出かけください。
(って私は都合つかないのだけれど・・・)

月曜日、六ヶ所村の再処理工場の本稼動が来年2月に迫る中
ガラス固化体初製造というニュースも入ってきた。
ちょうど一年前お隣の遠野に最終処分場の調査云々で騒ぎになった
ガラス固化体…。
NHKのラジオは「最終処分場さえ決まっていないのに」
「…さえ」。全く。
岩手日報の扱いはちょっとユルイかな。

新聞で、高レベル放射性廃棄物、
つまり六ヶ所でつくられた最終的な核のゴミを
地層処理する候補地募集の
広告をよく見かけるのだけれど
「100年を越えるパートナー」って
ちびっこい字で書いてある。
何万年も管理しなければならないガラス固化体。
たしかに軽~く100年は越えるパートナーだ。

ハンカチ落としみたいに
自分の近くに来なけりゃいいっていうんじゃなくて
その存在自体をなくす方向で考えなければ。

ちょっと脱線するけど
老け顔のわが連れ合いが大学生のお客さんと
年齢の話をしてて
いくつだと思うっ?て聞いたら
大学生「うーん60歳以下」
連れ合い「…そうとも言う」
ってことがあったけど
同じレベル?違うか…
コトバって難しい。

先日島根への帰省で飛行機に乗る前に「いのちと放射能」読み終えた。
サイエンスな部分に加え、心のあり方も問う
読み応えのある本だった。
茨木のり子も読んで、読むものないな~っと
JALの機内誌読んでたら「ノーマルな立場で取材」した小説家が
六ヶ所村は安全って…。

20年前六ヶ所村で工場誘致に反対した地元の漁民は機動隊と
もみ合うほどに反対運動が盛んだった。
そして本稼動が目前に迫る今
年老いた人たちは「遅すぎる」と映画の中で言う。
私は何をしていたんだろう。20年前。
自分のこととして思えなかった鈍さを悔いる。
でも今ならまだ!

5日は三陸の海を放射能から守る岩手の会と
いわて生協の反対署名約10万筆が国に提出。
生活クラブ生協と宮古の漁協も署名集め
今国会中に提出の予定。
思いが届きますように
そしてこれまで署名を通して
六ヶ所のことを話題にするきっかけにもなった。
中には「そんなバカなことあるわけがない」
と憤慨する人もいた。
そう思うのもいいかも。六ヶ所村ということが
その人の心でざわつくきっかけになれば・・・。

ワカメが 芽かぶが サンマが 海が泣いてる。

以下は連載中の岩手日報「タイマグラの風」
先月16日付けから流用。

「命をつなぐ」
 
 「六ヶ所村。それって地名ですか?」わが家の壁に
貼ってあるドキュメンタリー映画「六ヶ所村ラプソディ
ー」のチラシを見て、東京から来たお客さんが言った。
私は昨年北上市でこの映画を観た。それまでも青森
県六ヶ所村のことを、知っているつもりだったが「対岸
の火事」のような感覚でいたことに気づいた。
 現在日本各地にある55基の原子力発電所。そこで
使用済みとなった核燃料を、青森県の六ヶ所村の核
燃料再処理工場でウランとプルトニウムに分けて取り
出す。その工場が本格稼動を始めれば、原発1基が
一年間で出す放射性物質を1日で排出すると言われ
ている。その量に規制はなく海へ空へ出し放題。
 今年6月六ヶ所村に暮す人が、わが家を訪ねてくれ
た。長年再処理工場の中止を訴えてきた人だ。彼は
「六ヶ所村のことを自分のこととして考えにくいかもし
れない。けれど、もしもあなたがガンの宣告を受けた
ら、家族で悲しみ、食べ物や生き方を考えるでしょう。
それと同じことだと思うんですよ」。目に見えず、匂い
もない放射能が、六ヶ所村から潮に乗り、風に乗り、
岩手の海を大地を、そして日本を地球を静かに深く
蝕んでいく。
 そんな今、胸に響くのは、お隣のマサヨばあちゃん
がよく言っていた「命繋ぎをしてきた」という言葉だ。ド
ングリを食べ、ネモチ(葛やワラビなどのデンプン)を
食べ、ワカメを食べ、ヒエやアワを食べ、命を繋いで
きたのだと。ばあちゃんにとって命はポンと現れるも
のではなく、ともすれば途切れてしまいそうになる命
を、「繋いできた」という感覚だった。私はあと50年も
すればこの世からいなくなるだろう。しかし子ども、孫、
脈々と続く命の連鎖は、全ての命へと繋がる。
 「放射能を海に捨てないで!」未来を生きる子ども
のために、そしてヒロシマ・ナガサキ、チェルノブイリ
で命の連鎖を絶たれた人たちのために。
 来月、岩手県内で再び「六ヶ所村ラプソディー」の上
映や、監督のトークが予定されている。9日宮古市(上
映は10日から1週間)、10日盛岡市で鎌仲ひとみ監督
のトーク。11日花巻市、18日平泉町で上映。私ももう
一度観にいこう。そして「六ヶ所村、知ってますか?」
友人や、お客さんと話そう。

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2007年8月12日 (日)

しっかり夏休み

さて1年を半年で暮すフィールドノート。
かきいれ時なのだが、お客さんをお断りしながら(なんという・・・!)
4泊5日で長野県上田に行ってきた。
3泊上田帰り1泊宇都宮。
いずれもテント持参の無料キャンプ場泊。
移動はほぼ高速道路。
分不相応ではあったが
目的は長野県上田市。
背に腹は変えられぬ・・・と、行きは一気に上田まで。
12時間かかった。
ヨーロッパに行けるくらいの時間か・・・と思いつつ。

基本的に家族旅行は鉱物採集。
私も最初の1時間くらいは集中して鉱物採集。
あとは車で本を読んだり手紙書いたり。
男子3人(7歳は私と連れ合いの間をウロウロ)は、
雨が降っても蚊の大群が襲ってきても石とり。
今回は私だけ半日別行動で美術館「無言館」へ。

無言館は戦没画学生の描いた絵画や手紙、
写真などが展示される小さな美術館。
絵を描くことが好きでやまない若者たちが
絵筆を銃に変えなければならなかった時代。
絵画は直接「戦争」を描いていない。
愛する妻、恋人、家族、風景・・・。
絵は無言のまま60年余りの年月を経て、
絵描きたちもまた無言のまま絵の中に生きる。

館長でエッセイなどの著書も多くある
窪島誠一郎のしなやかにしてツヨイ姿勢にも惹かれる。

無言館の本館であるデッサン館へは皆で行く。
無言館に軒先かして母屋取られる
ではないがこちらはガラガラでもったいない。
村山槐多(かいた)の作品に出会う。

帰りは宇都宮で一泊。途中仙台の古本屋へ寄ったり
しながら盛岡には夜の7時前に到着するも
あちらこちら寄るところがあり
帰宅は11時過ぎ。

心配していた来客「クマ」も何とか大丈夫だった。
出発の朝、生ごみコンポストをひっくり返していたので
心配していたのだけど。
しかし、縁側にしかけた
防犯ベルはぶち切れ、鳴り続けていたらしい。
電池が残り少なくなりか細く鳴っていた。
そして縁側のアコーディオンカーテンも開いていた。
被害は特にないのだけれど誰?

出発前日に38.5℃の熱を出した6歳、
ヒタスラ熱さましに大根の葉を頭に当て
大根のおろし汁を番茶でわった大根湯をがんばって飲んだ。
旅行中は元気120%。
そして、昨日7歳になった。
キャンプの朝はこっそりケーキの用意をして
デコレーション。ロウソクもたてて朝からバースデーケーキ。
・・・というか用意していたパンが
クーラーボックスの中で解けた氷(つまり水)に浸って
絞って食べるも(涙)、量がぐっと減ってしまったため
止む終えず朝からケーキ!?

無言館、
朝5時から連れ合い、
12歳、10歳でねらった鉱物は無念の収穫なし。
ザクロ石の成果は二重丸。
上田のキャンプ場を訪ねてくれた軽井沢に住む
友達と一緒のテント泊。
子どもたちは初めて見るナナフシ。
何度も私たちに怒られながら
仲良く喧嘩の3兄弟の長い長い車の旅・・・。
もっともっと行きたいところ、会いたい人はいたのだけれど
今回は時間切れ・・・。
こんな家族旅行もいつまでできるだろ。

さて、今日は朝から皆々早起きしてきて
畑の野菜やらアサガオのチェック。

そしてあと1週間の夏休みの宿題も
追い込みに。
12歳は砂鉄を川で集め、溶鉄(?)
それで終わり、と思いきや五寸釘を炭火で熱し
鍛錬!?ナイフ作り。
ひたすら砥石で研ぐ驚きの集中力で
半日がかりで刃物になった。
明日は柄と鞘を作るとか。

10歳はザクロ石の立体模型、採集記録と朝顔新聞。
模型の組み立ては明日、そして力作の新聞出来上がる。

7歳は創作絵本作り
「にんじんのにじたろう けっせんの巻き」完成!
旅行前から早々とプリントやワーク、音読など
「もう宿題は終わり!」と言って遊んでたけど
ちょい怪しい。チェックしてみよっと。

そして私は明日から1週間のお客さんに備えて
今日はキャンプの後片付けと洗濯と畑。
夏野菜が今年は元気。
秋収穫(予定)の白菜、大根もキャンプ前に種まきしといたのが
出揃っていた。12歳のソバも花盛り。
アツイ!といっても家に入ればしのげる暑さ。
湿度が高く洗濯物は残念乾かず。

ではでは皆様 残暑厳しき折、くれぐれもお大事に!

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2007年6月 2日 (土)

おいものせなか

この暗号のような「おいものせなか」とは・・・
わが家の台所、特に調味料を支えてくれる花巻のお店。
自然食品、フェアトレードの衣料、雑貨、食品、石けん・・・
おもちゃばこのように楽しさがぎっしりつまったお店。

5年前からはじまった
   うれしいきもち 楽しい暮らし
         自然と人をつなぐなかまたち

今日は年に1度のおいものせなかまつり
私も生理用の布ナプキンを中心に
手作りのお菓子やジャムなどもって友達と出店。
布ナプキンのお客さんの反応は年々良くなる。
広がる広がる布ナプキンの輪。

もう5年か~と思うのだけど、子どもを見るとガクゼン・・・。
6歳は2歳だったのか!?・・・。当然だけど。

今日は6歳と10歳が花巻。11歳と連れ合いは
友人の家の田植えに。
6歳張り切って、朝もぱっと起きて
「お店屋さん するんだ!」
後片付けまで沢山お手伝いありがとう。

毎回久しぶりの出会い、新しい出会いが満載。
自然育児の会のお母さんたちのお産をめぐるお話、
アイヌ文様の刺繍屋さんウポポ
羊の毛の手紡ぎ体験
マクロビオティックのランチや
手作りおいしいハムのオープンサンドイッチ・・・
子どもたちはネパールの草木染め小風呂敷に
木のスタンプでオリジナルの風呂敷完成。

明日は私たちは出店できないけれど
おいものせなかまつりはやっています。
お近くのかた是非。

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2007年3月 5日 (月)

味噌桶タイムカプセル

週末味噌玉つくりをした。
金曜日は子どもたちと。
土曜日にはエコツアーとしてお客さんたちと。
個性あふれる味噌玉が今ストーブの部屋に
ブラブラと吊るされている。

ちょうどそれとあわせるように
(ってある程度わかってもいたけど)
うかたま」の6号が届いた。
今回はこの味噌玉つくりを思いながら
書かせてもらった。

味噌玉作りのあとは藁をないながら
二つ一組にして吊るした。

この「なう」という作業は参加者全員初めて。
まずは藁ないの練習から。
さっとコツを飲み込む人
なかなか出来なくて困っている人・・・。
ワイワイガヤガヤ・・・。

そして長い年月淡々とこの作業をしていたばあちゃんを思う。

部屋に吊るして1ヶ月後には味噌玉を桶に仕込む。
そして二年の熟成にはいる・・・。
その頃私は、家族は・・・と二年後を思いながら。

土曜日の朝、2年前に仕込んだ味噌の口開けをした。
これまで続けられた感謝と、
これからも続けられるようにと祈りながら。

「味噌は生き物だと思うよ。味噌は生きている」
とばあちゃんは言っていた。
そして味噌は自分が動けなくなっても3年は保障してくれる
保険のようなものだとも言っていた。
味噌がなくなる頃ばあちゃんは天国へ旅立った。

毎晩のようにエサをさがしにやってくる山の生き物たち、
こんな気候の異変の中、鮮やかな黄色い花を咲かせたマンサク、
今はエネルギーの塊りのような子どもたちのやがて来る巣立ちの時、
桶の中で静かに生きている味噌・・・
命あるものに囲まれている暮らしが
私に未来を思い描くことの必要を教えてくれる。

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2006年11月30日 (木)

国策

雪が降り始めた。

あたふたと製材所でもらってきた、食パンでいうなら「耳」の部分。
丸太から角材をつくるために不要となる材を束にした「セッカワ」を
軽トラでもらってきて、せっせと切っては積み上げる。
なんとか12月中旬くらいまでは、これでもつだろうか。

先日、映画「かもめ食堂」を観てから、
おにぎりやらシナモンロールやら
おいしそうで、
「そうだおやつはシナモンロール」と作り始める。

はっきり言って今日中に書き上げたいものがあって
やってる場合ではないのだけれど
そういう時に限って、横道にそれてしまう困った性分。

夜は日本一おいしいと言われている三陸広田湾の牡蠣を昨日もらい
今晩は牡蠣フライ!
添えるタルタルソースを作る!
と思ったらマヨネーズがないことに気がつき
材料をミキサーに入れ、サラダオイルを慎重に入れていた。
この糸のようにオイルを入れるところが
失敗と成功を大きくわける運命の分かれ道。

・・・と、そこへとんでもないニュースが飛び込んだ。
お隣遠野、といっても広い遠野市、その中でもタイマグラに直線距離で
10kmくらいって所で、
あの六ヶ所村の核燃リサイクル施設で再処理の際に出る
高レベル放射性廃棄物。それの地層処分に関わる影響調査として
来月ボーリング調査をするというのである。

地層処分・・・
つまりガラスとかで固めた核廃棄物を深ーく埋めて
処分しちゃったことにしようってこと。
なにー!!!!

日本原子力研究開発機構(あー漢字が一杯!
それだけで何だかたぶらかされている気がしてくる)
は地表部の調査はすでにしていたらしい。
この調査が最終処分候補地の選定とは関係ないって
言ってるらしいけど火山、断層、地震の影響が
少ないここ北上高地とか全国4箇所が
調査のモデル地区になってるとか。(でもボーリング調査は遠野だけ)

クリーンなエネルギーって国として原子力発電をすすめているけど
核廃棄物の処分とか古くなった原子炉の処理とかって考えれば
こんなに危険でお金のかかるエネルギーはないんじゃーないの?って
電気の恩恵をバリバリと受ける生活をしていてなんだけど
やはり自然エネルギーを開発したり
もっと電気に頼らない生活を探していかなくちゃ
省エネ!もう今日は寝るぞ。原稿はまた明日の朝。
基地にしても原発にしても自分の近くになきゃいいやってんじゃなくて
それ自体がない世界に向わないとね・・・。

子どもたちも「どうしたらいいの?」
考える。動く。
・・・けど明らかなのは核は子どもたち次の世代に
とんでもないおき土産になってしまう事実。

幸せのタルタルソースになるはずのマヨネーズ。
これまで失敗したことなかったのに
わなわなとオイルを入れるのに集中できなかった。
今日は分離して大失敗。なんとしてくれる
このオイル3カップ分のマヨネーズを!!

国民を不安に陥れる国策って!やっぱりそういうものなの?

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2006年9月16日 (土)

そのへんの事情

9月もありがたい月である。行楽の季節の連休。
お客さんが来てくれる~。

が、連れ合いは山の仕事が入っている。
子どもたちに今からお風呂焚きの予約をいれたり
くれぐれも部屋におもちゃを
とっちらかさないように(特に6歳)協力を求める。

既に7人予約が入っていたが、昨日早池峰の登山の後宿泊したい
との初めての方予約が入った。
とーっても狭いこと、私一人なので要領悪いし・・・、とお話しすると
「そのへんの事情はわかっています。以前から泊まってみたくて」
と言われた。
それなら話は早い。・・・いらして下さい!
って何だかお客さんにまで協力を要請しているようで
申し訳ない気分になったりして・・・。

同じタイマグラ内で民宿をしている友人が
看板を通りに面したところに置くか
置かぬかを云々していた。

わがフィールドノートにも実は看板が県道からの入り口にあった。
それもスコブルペンション的で誤解を生みそうな。
おまけにfield のつづりが間違っているもの。
村の人が作ってくれて、せっかくだからと立ててあった。
ある年の冬除雪車がなぎたおしたようで
春、雪解けと同時に倒れた看板が出てきた。
それ以来看板はない。

看板があった頃は「この辺に民宿があると・・・」
と看板を見て来た釣り人などが
この家のボロさにおののいたのか「また来ます~」と
逃げ帰るようなこともあった。

行きたい!と思う人が来る。そんな人を迎える。
とても当たり前なのだけど・・・。
家は狭いが!?ココロは広く開いていたい
フィールドノートなのですよ。

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