2008年5月19日 (月)

豊かさと無関心・・・

連休の暑い日々がウソのような低温続き。
しかし雑草はジワジワと育っている。

昨夜は気づけば夜中の2時前になっていた。
薪ストーブを囲んで静かな時間

親との確執
居心地のよい場所
押し付けられた「らしさ」

ここのところ農業を志す20代のお客さんが続く。
お金はなさそうな、しかし志のある若い人たち
宿代をいただくのが申し訳ないような…。
しかし割引しはじめると、きりがないので
心を鬼にして容赦なく宿代をいただく。(涙)
WWOOFというシステムもあるが、農家でもないし・・・とか。

今朝は5時の目覚ましが聞こえず。
(聞こえていたのだか無意識のうちに消していた)
11歳に起こされる。ひゃー!

お客さんを見送ってから
草刈機稼動。

ゴーグルよし!
紫外線対策よし!
チョークをひいて
いざエンジン!

…がかからない
1、2分がんばってみる。
1時間ほど別の仕事
気を取り直して再チャレンジ。
かからない。
また1時間後…
エンジンかけるために紐ひっぱりすぎて
右腕はかなり筋力アップされたか。

別件で訪ねてきた渓雲荘主に
エンジンのかけ方再指導を受ける。

「ああして、こうして…」

ブルンルンルン
もう夕方5時半ではあったが
ここでエンジンを切っては…と、
30分ほどささ刈り。
これ以上続けたら腰悪くするかも…
って頃にガス欠。
エンジンと私の手で鎌を振るう笹刈りとの
圧倒的な仕事量に戸惑いながら。

もうヘトヘト。お風呂に入ってはやく布団にもぐり込みたい!

週末5月25日は宮古市で
豊かな三陸の海を守る市民集会inみやこ
が催される。

ちらしには

「ゴミどが油なげっつーどすこたま怒られんのに…」
放射能だけいいはずねぇべ

一人でいても、誰かといても
お客さんといても
あー六ヶ所村の再処理工場。
捨石にされる東北にもヒトは住んでます!!

多くの方にご協力いただいた意見広告
岩手日報に続き朝日の岩手、青森、宮城県版にも掲載。
第三弾も計画中。青森もしくは首都圏に。
ひきつづきカンパ募集中!
ちらしなどご希望の方はご一報ください。

『豊かさ』そして『無関心』が生み出してきた、
あれやこれやに思いを馳せる。

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2008年3月27日 (木)

帰りたい場所

10歳、タイマグラの監督さんの車で
監督さん家の10歳くんと一緒に出かける。

時計を見ながら今頃着いたかな、
今何してるかなと。
留守番の12歳と7歳、寂しげ。

10歳だけが居ないということは
これまでなかった。
出かける間際まで取り組んでいた
3兄弟合作の仮面ライダーの立体の仮面
(この3日間かかりきりのかなりの力作。
しかし7歳がかぶるには、ちときついサイズで
着脱かなり大変そう)
10歳が色を吟味して塗っていた仮面は
製作途中のままテーブルに寂しげに転がっている。

帰りは10歳二人で電車を乗り継いで帰ってくる。
初めてのお使い状態。
二人のやりとりをこっそり見たいなぁ。
「困ったことがあったら
自分がどうしたいか人に伝えなさい」
とだけ言っておいた。
お守り袋も縫って持たせる。
「何か困った時に開けてね」と1000円札1枚を忍ばせて
出番がなければいいけど。

「タイマグラの風」最後の掲載紙が昨日届く。
妹の版画も何だか気合入れてくれたようで
タイマグラで只今満開のマンサク。
(あーして!こうして!
と指示を出してはいるのだけれど)
どこかアルフォンス・ミュシャを思わせるような
柔らかな色合い。(姉バカ)
妹の「妥協なし」の仕事で締めてもらう。
家族にも陰に日当に協力してもらい
脱稿の祝杯。

連載中、何度か手紙やお電話をいただいた
かつてこの村に住んでいたというまもなく90歳なるSさん。
昨日も電話をもらう。
「ほんとうに終わりなの?
毎週火曜日の新聞を楽しみにして、
切り取った新聞をくり返し読んでいる」。
名残惜しく言って下さる。
そんな方が一人でもいただけで嬉しい。
かつての山の暮らしと重ねながら読んでいたそうだ。
私のようなナンチャッテとは違い
過酷な、でもその分もっと自然からの恩恵を
身近に受けながらの暮らしだったのだと思う。

子どもや孫たちとの暮らしは、良くしてくれるし
便利だし、何の不自由もないという。
ただいつかは帰るつもりだった山の暮らしに
もう戻れなくなってしまった無念さをくり返し話された。
そんな90歳の思いがタイマグラのばあちゃんと重なる。

「どこも夢にみねぇが
     タイマグラだけは夢に見る」とばあちゃん。
最後のお見舞いになった、ばあちゃんがなくなる
1ヶ月前
「オラも山で皆と暮らしたい」
といって静かに涙を流した。
どうしてあげることもできない私。
どうすることもできないのは、ばあちゃん本人が
一番わかってもいたのだろうけど口にした思い。

「帰りたい」と思うのは
単に住み慣れた「場」という以上に
変わってしまった
価値観に帰りたいということでもあるのかなと。

来週盛岡のその90歳の方を
盛岡に訪ねることにしている。

今日は寒の戻り。朝から薪ストーブを真剣に。
春休み、新しいお客さん、懐かしい友達の訪問が続く。
感謝。

同時進行で、まずは1週間のばしてもらった
季刊「うかたま」の原稿!
「タイマグラの風」の余韻に浸る間もないな…。

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2008年3月20日 (木)

回らないお寿司

昨日は(日付かわって一昨日か)
フクジュソウ開花。朝から今咲くか、もう咲くかと
連れ合いとかわるがわる見に行ったのだけど
連れ合いお昼前に「咲いたよ!」
先を越された。
終了式で学校から子どもたちが帰ってくるのにあわせて
私はお昼にフクジュソウに会いに行く。

久しぶりに大切な人と会う時のように
足早に林の中を歩いていく。
雪の下でずっと準備してきたフクジュソウは、
水分をしっかり吸った落ち葉を持ち上げて
パカンッ!と咲いていた。
あの輝く黄金色が目に飛び込んできた瞬間に
涙がこぼれた。

ほどなく3兄弟そろい組み最後のランドセル姿が
帰ってくる。一緒にフクジュソウを眺めて
「今日のお昼はここで食べたい!」と10歳が提案。
「そうしよう!お花見焼きそば」と私が言うと
10歳が「嬉しい!ありがとう」と抱きついてくる。
ちょっと照れながらも、
まだこんなことができるカワイイやつよ。

お花見寿司とかだったら様になるのかもだけど
ま、近いのでフライパンごと持ってくる。
春のお昼。

そして翌日の卒業式。
小学校の教職員、在校生に見送られる。
本当に大きくなった6年間。
皆からいっぱい愛されて過ごした12歳だった。
感謝。

宮古へ出る用事もあったので
お祝いにお寿司でも(もちろん回るの)
と思ったが手痛い臨時の出費があり
家で回らないお寿司を作ることにした。

帰宅すると東京・西荻のぐーちょきパン屋さんから
パンが届く!なんというタイミング。ここ数日
忙しくてパンが焼けなかったのだ。
そして岩手町のハム・ソーセージを作る友人から
も思いがけないプレゼントが・・・。

注文していた日本酒も各種届き
明日から続く春のお客さんに備える。
今夜は味見を少々。

あーやっぱり早く帰ってきてよかった!

連れ合い握り担当。ホタテ、甘エビ、タコ、卵焼き
私は海苔巻き。
太巻き(ピンクのさくらデンブに盛り上がる3兄弟)、
細巻きは干ぴょう、かっぱ、ネギトロ

5合のお米はきれいさっぱり皆のお腹の中へ。
「やっぱりお家がいい」と一同。

食後には春休みに入り10歳と7歳はいそいそ宿題をやる中
12歳はお祝いにもらった英和辞書読んだり
ウクレレ弾いたり。
明日の予定を聞くと10歳、7歳は宿題と特撮セット作り。
12歳は連れ合いと猛禽類の調査。

それぞれに成長の春。

1年3ヶ月続いた岩手日報の連載も昨日最後の原稿を送る。
あとは写真選びのみ。
連載中私、もしくは家族が病気になったり、入院したり
あるいは死んだり、ケガしたり(危うく死ぬ、ケガあたりになりそうな
局面が実はあった。今だから言える)
何より私の書く気力がなくなったりしたら
どうしようかと思わないでもなかった。
ま、そんなこと考えてもしょうがないのだけど。
穴をあけることなく続いてよかった。というのが正直なところ。
持久力のない私が(といって瞬発力だってないけど)
ちょっとした自信にもなった。

よく子どもたちに
「大変なことを乗り越えたときに力がつくよ!」
なんてはっぱかけてるけど
私など大変なだけで、力がついたかどうかは怪しいなあ。
でもいいを勉強させてもらった。
そして沢山の出会いをもらったことは確か。
これからもいろんな人とこの山の宿の呆れるほどに
素朴な暮らしをひと時、共にしたいものだ。

春、やっぱりいいな。
あっ、でも宮古へ行ったら、花粉症の症状が…。

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2008年3月13日 (木)

土の匂いにありがと。

ホオジロの初鳴き(私にとって)を今朝は聞く。
雪もお日様にとかされて
茶色の大地が顔を出す。
8(雪):2(土)ってところか。

フクジュソウが咲くエリアだけ
雪がポッカリとなくなっていて
こんな穏やかな日があと何日続けば
あの輝かしい黄色に出合えるんだろう。
でも、これからまだじらされるような日も
あるんだろうけど。

季節がめぐってきて
日々を暮していけること。
当然のように過ぎる時間を
なかなか「ありがたい!」とは気づけないものだ。

数日前ちょこっと、いや、かなり
奇跡的に「ありがたい!」と
思わせるようなことがあったもんで…。

あー今ここに居られる幸せをしみじみと深々と感謝。
「人を、その時を大事にしてる?」って問われたみたい。
やっぱりワカンタンカ(大いなる力)の中で
生きているんだ。

もひとつ、一種ワカンタンカで共時性。
今朝、エコ・ナプ活動の
角張さんに「お手紙書こう…」と久々に彼女のことを
思っていたら、お昼、半年振りに角張さんからお手紙。
角張さんとは前も手紙を出した日に電話がきたりと
不思議なタイミングで繋がる人。

ウラウラと春先の縁側で土の匂いを感じながら
ありがとう。

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2008年3月 9日 (日)

融解座敷

味噌に明け暮れた一週間だった。
日付かわって昨日、最後の豆煮も終了。
ワラない苦戦しながらも皆さんのおかげで
無事味噌玉は1ヶ月の乾燥に入る。

麹菌の働きを妨げないために
1ヶ月納豆禁止。
しかし冷蔵庫片付けてたら
扉に1パック発見。
ポカポカ暖かな日差しの
縁側でだったら大丈夫かな。

私の中学時代の(ある意味)恩師の作品が
本日の新日曜美術館(NHK教育TV)に
1分ほど紹介されると連絡。
「融解座敷」うーん話は2年前、
いやその前から
風の便りに聞いていたのだけれど
怖いもの見たさというか。
人の心を震わせたらアーティストだよな~。
でもその前に家にはテレビがない。

「是非タイマグラで『融解座敷』を」
という要望があれば、それも叶うかもしれない。
…とセンセイ。
冬のタイマグラだと寒すぎて
「融解」にかなりの時間を要すると思います。

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2008年2月23日 (土)

特効薬

結局溶連菌かインフルエンザウィルスかどっちだったのか
スタートは先週土曜日に熱が出た7歳。
月曜日私。
火曜日10歳。
水曜日12歳。
次々発熱。

連れ合いは今のところ何事もなく
ひたすら今週は寝込んだ私たちの
看病をしてくれる。
今日は宮古へ六ヶ所関連食飲会議。
私も行く予定だったが…。

何とか今日は朝から起き出した。
小学校も水曜の午後から学校閉鎖で木、金もお休み。

体中の関節という関節、指の関節さえ痛くて
どぎゃんもこぎゃんも状態だった。
うんうんうなっている日中もツライけど、夜もツライ。
痛みでウツラウツラ。

夜中に10歳が「お茶飲みたい」という。
用意するの忘れた!
起き出してま、赤ん坊の頃のことを思えば楽になった。
となぐさめながら用意する。
そしてウツラウツラ。
「カカ○×△~カカ、カカ」
再び10歳。
「どしたの?」
返事なし。うっ!10歳も熱でうなされているらしい。
辛いの~風邪は。

つげ義春もびっくり的
人間の深層心理を映像化したような夢をみて
更にどかんと疲れる。
熱が下がっても偏頭痛と咳が続く昨日、
朝もウダウダとしていたら
学校から電話。
「宿題持ってこれからまわります」
うーむ、家庭訪問ではないが
あまりにもこれは惨状ともいえる家の状況。
おもむろに私のエンジンがかかった。
センセイに何よりの薬をもらったような…。

12歳と10歳は昨日は熱が下がったのに
今日は二人とも再び熱。

本日二人に泣く子もだまる!?
第一大根湯。
私はどちらかといえば好きなんだけど。
子どもたちは何だか観念しました的に飲む。
大根おろしに生姜おろし加えて
三年番茶の熱いので割って
お醤油たらしてグイグイっと。
明日は二人とも元気になりますように。

一人早々元気になった7歳は薪ストーブに
薪入れたり、薪運んだり
鼻歌うたいながら
お手伝い楽しそう。

今日久しぶりに外へ出ると
懐かしい湿った土のにおいがした。

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2008年2月14日 (木)

これよこれ!

つい一昨日は外へ出ると
「2月というのにヌルイ!」
と、イチャモンまでつけたくなるような朝だった。

そしたら今日は嬉しいまでの風!雪!冷え込み!
三拍子揃った。
「そうそう これよこれ!」
冬はこうでなくちゃね。なんて。

もう北島サブちゃんを越え、
石川さゆりも軽くクリア
北原ミレイってかんじかな。

山が鳴っている。
時折防風林のカラマツの枝が風に落とされ
パラン パラランと
屋根に当たる音。

こんな尋常ではない風が吹いたりすると
何だかワクワクしてしまう。ある意味自虐的。
人の心をハイにさせる作用があるのか。
私だけ?

ぼんやり過ごすうちに今日はバレンタインだったりした。
こんな形で男たちに囲まれる人生を歩むとは
思いもしなかったが(笑)
4人のわが家の愛すべき男たちにガトーショコラを焼く。
あとパソコン先生の渓雲荘主にも。
できの悪い生徒(私)に本日も懲りずに指導。
が、まだフシギ現象が起きるのだけど…。
ケーキだけでは申し訳なく週末あたり夕飯
ご招待して指導を願いたいところ。

ガトーショコラ、若干残りあり
本日のチョコのもらい分に不足ある方はどうぞ。

3兄弟は早くも来月の14日のホワイトデーに
どのクッキーを焼こうか
本を眺めて楽しんでいる。
ってお母さんへのお返しではなく
小学校のカノジョたちへ。

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2008年2月 6日 (水)

ゆるゆる前進

きっかけは腹痛だった。
先週末の土曜朝、起きようと思ったら
左肋骨の下あたりに鈍痛。
普段元気なぶん、弱気な思いがめぐる。
食欲全くなし。そのわりには日中も夜も
これでもかってほど寝られるのだから
鬱ではないのだろうけど。
自律神経失調症とか不定愁訴とか更年期とか
いろんな言葉をならべてみるけれども。
アルコールもカフェインも断つ。
ま、嵐が過ぎるのを待つしかないな。
幸い来週火曜日は新聞の休刊日で
こんな時にこそ書き溜めておけばよいものを、
知ってしまったからにはあれこれ他の用事がはいってくる。
あれっ、先に休刊日というのを聞いてから腹痛だったのかな~。

そんなまるで凹んでしまった私に
文句一つ言わずにご飯作って、
体が冷えたからかと(それもかなりあると思う)
川からバケツで水運んでお風呂を沸かし、
春には薪がなくなりそうだからと薪集めをして。
連れ合いの働きには頭が下がる。
朝も2度ほど早起きしてストーブつけてくれた。感謝。

冬は様々な思いが交錯する。
夏、考える間もなく何とかしてしまっていることなどが、
冬には時間がある分、私のあるよな、ないよな
覚悟のようなものを揺すぶられたりして。

今日は1週間ぶりにパンも焼く。
来年のエコツアーのお知らせとHPもでき
(これはお隣の渓雲荘主のおかげ)。
今年もいろんな出会いが用意されているのだろうなと。
ブログ書いてるうちに元気もでてきた。
書くという気力すらわいてこなかったから。
昨日12歳の中学校の保護者説明会へ行って思い出した。
6年前、小学校に行って「学校」という世界を久々に感じて
ヒョエ~っと思ったこと。
中学校ではまた更にヒョヒョエ~。
子どもたちも少しずつ少しずつ親、そしてタイマグラという
安全地帯からの巣立ちを視野に入れつつ。ゆるゆる前進。

ぼちぼち子どもたちが帰ってくるぞ。
ストーブ全開で迎えよう。

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2008年1月16日 (水)

簡単なこと

全面滑走可能な道を越えて盛岡へ
冬の盛岡はほとんど行くことがないのだけれど。

今日は県議会の環境福祉委員会で請願陳情中の
「海へ空へ放射能をださないで」
という請願について委員会が国から担当者を招いての説明。
切々と「安全」であることの説明。

私は始めて県議会の委員会の傍聴をしたのだけれど
今日は50人近くのヒトが集まった。
定員があるので代わる代わる部屋にはいって傍聴する。
結局またまた継続審議となった。次回は2月

海へ空へ放射能をださないで
せめて原発並に・・・
何も難しいことはないではないの
と思うのだけどね。

私はただ
春になれば
熱湯かけて鮮やかな緑にかわった芽かぶを
チュルチュルッとポン酢をかけてたんと食べたいし
夏になればやませだな~とタイマグラよりも時に涼しい
どんよりと霧につつまれた宮古の海に出かけ
秋になれば「このために生きていたのかも」
とサンマづくしの食卓
冬になればドンコ(エゾイソアイナメ)の
味噌汁やチゲを存分に食べて足の先まで
温まりたい。
海は私の口のようなところなんだけどな。

ダムや道路そして基地や戦争や放射能や…。
人の暮らしを不安と背中に合わせにするのは人間だし
そこから違う生き方を求めていくのもまた人間。
自分の置かれた場所で最善の道を見極めたい。
おかしい!イヤだ!不安!という思いが声となって
大きなうねりとなって変わっていく力になると信じて。

「ネズミだって生き物さネーコだって生き物さっ」
ラジオから「トムとジェリー」の歌が聞こえてきた。
だいたい人間だけが地球に暮しているわけではないのにね。

※年末年始皆さんに協力していただいた地元紙への意見広告
目標額達成しました。間もなく(今月中)掲載予定です。
本当にありがとうございました。
原子力産業に関連する施設のない岩手のポジションは重要と。
引き続き全国紙、青森の地方紙への掲載も余剰があればと
取り組んでいます。

ふーっと少々疲れて家に戻ると
兄が沖縄の友人に手配してくれた
ムーチー手作りセット(月桃の葉っぱ、もち粉、黒糖やら)
が届いていた。
感激!
沖縄も一応冷え込む季節
昨日はムーチービーサーだったのだそうだ。
月桃の葉でくるんだ餅を備え厄払いをする。
与那原町のゴミ袋(未使用の!)に入った月桃の葉の束に
子どもたちと頭を突っ込み
「沖縄の匂いだ~」
明日は2日遅れだけど
極寒のタイマグラでムーチービーサー。
明日も冷え込むらしい。

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2008年1月10日 (木)

似たり寄ったり

妹と私は性格的にはあまり似ていないが
顔や声は似ていると言われる。

父と妹はやること等似ていると思うことがある。

買った時点で安心してしまうこととか…。

父の膨大なCDコレクションを見るにつけ
せめて聴かなければ…と、
私のケチ根性がムラムラと刺激される。

本も、とにかく好き。
こちらはほんとに「読書が好きなのね」と認めるところだが
家にこれだけ本があるのなら
私の読みたい本はさておいて
この家を潰してしまいそうな勢いで増え続ける
本の中から面白そうなのを探そうかと思ってしまう。

おびただしいCDのコレクションの中にきっと
ショスタコービッチもあるだろうと探すと
案の定数枚あった。
同じ曲のCDもある。指揮者が違うとか何とか言って。

本棚にも同じ本が何冊かあるのだ。
岩波新書の「天才」が2冊あるところに
あれ?3冊だったか?
父の奇才ぶりが伺える(涙)。

それでCDを聞こうとして開けると、
すでにショスタコービッチの
別の交響曲が入っていた。
母が妹の仕業だという。私もそう思う。
また明日やって来るような部屋の状況で
オランダへ帰ったようなのだが
おやおや…と思いながらも
同じような嗜好をしていることを
苦笑しながら聴いた。

妹の部屋には
父のCDコレクションの中から
彼女の好みだか何だか知らないけれど
ワンサカそのまま置いてあった。

今度はベートーベンの「悲愴」…
と思って探すとやはりきちんと棚にあった。
よしよしと、CDケースを開けると今度は
中が空っぽ。
母再び、妹の仕業という。
あのワンサカの中にはケースから出たCDも何枚かある。
その中にあるのだろうけど
果てしない神経衰弱ゲームのようで途中でやめた…

ま、悲愴は別のピアノ曲との組み合わせで
2枚目のCDを見つけたのだが。
何だかね~。

父に「持って帰っていい?」なんて聞くと
また別に買ってくれそうで怖いので
「黙って持って行きなさい」という母が正解だと思う。
2枚タイマグラへ失敬して行く。

妹と服の好みは大概似ている。
違うのは私はお金をかけないけれど
妹はわりと気前よく買う点。

リサイクルショップへ一緒に行くと
私が300円くらいのスカートを
「ウーン」と考えていると。
「あっコレ私!」ちゃっちゃと妹はレジへ持っていく
性格もスコブル良い。

妹の残していった服を眺めて
2、3年後に回ってくるであろう
お下がり(お上がりか?)を楽しみにしている。
私のセンスを妹に合わせたのか?

子どもは親を見ている。
この年になっても今だに私は見ているのだろうか
私は母のようになっていくのだろうか。

時折ピシャリと父に手厳しいコトバが
何とも私が連れ合いに対してとき折り見せるそれに
似ているようで困っている。特に食、アルコール方面。

しかし夕食を用意しながら母は自分で作った
ヤマモモ酒など飲みながら
「…だって、やってられないよ」などと言いながら、
私にも小さなグラスに入れてくれて
魚をさばいていたあたりも心当たりがある。気をつけよう。

明日はいよいよ松江を発つ。
荷造りに取り掛からねば。
友人からすすめられた個人文庫が
近所にあることを聞き、今日は訪ねる予定。

図書館の本も県立と市立から借りまくったのを返却しに。
児童文学の翻訳家でもある清水真砂子の講演録
なかなか良かった。が残り1/3、時間切れか。
村の図書館で買ってもらおうか。

宍道湖畔の素敵なパン屋さんにももう一度寄りたい。
祖母宅にも。

レンタルした「それでもボクはやってない」
まだ観てないし。これは寝る間をけずるか。
タイマグラのカントクに内容あらかた聞いたけれど
やはり気になり。

毎冬訪ねる息子たちがお世話になった助産婦さん
今回は訪ねられないかな。

母方の祖父のお墓は先日ふらりと挨拶してきたのだが
父方の方には行ってない。
お墓に眠ってなんかいなさそうだけど。

あー盛りだくさん。
その辺がまた母のようで。

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