2008年5月19日 (月)

豊かさと無関心・・・

連休の暑い日々がウソのような低温続き。
しかし雑草はジワジワと育っている。

昨夜は気づけば夜中の2時前になっていた。
薪ストーブを囲んで静かな時間

親との確執
居心地のよい場所
押し付けられた「らしさ」

ここのところ農業を志す20代のお客さんが続く。
お金はなさそうな、しかし志のある若い人たち
宿代をいただくのが申し訳ないような…。
しかし割引しはじめると、きりがないので
心を鬼にして容赦なく宿代をいただく。(涙)
WWOOFというシステムもあるが、農家でもないし・・・とか。

今朝は5時の目覚ましが聞こえず。
(聞こえていたのだか無意識のうちに消していた)
11歳に起こされる。ひゃー!

お客さんを見送ってから
草刈機稼動。

ゴーグルよし!
紫外線対策よし!
チョークをひいて
いざエンジン!

…がかからない
1、2分がんばってみる。
1時間ほど別の仕事
気を取り直して再チャレンジ。
かからない。
また1時間後…
エンジンかけるために紐ひっぱりすぎて
右腕はかなり筋力アップされたか。

別件で訪ねてきた渓雲荘主に
エンジンのかけ方再指導を受ける。

「ああして、こうして…」

ブルンルンルン
もう夕方5時半ではあったが
ここでエンジンを切っては…と、
30分ほどささ刈り。
これ以上続けたら腰悪くするかも…
って頃にガス欠。
エンジンと私の手で鎌を振るう笹刈りとの
圧倒的な仕事量に戸惑いながら。

もうヘトヘト。お風呂に入ってはやく布団にもぐり込みたい!

週末5月25日は宮古市で
豊かな三陸の海を守る市民集会inみやこ
が催される。

ちらしには

「ゴミどが油なげっつーどすこたま怒られんのに…」
放射能だけいいはずねぇべ

一人でいても、誰かといても
お客さんといても
あー六ヶ所村の再処理工場。
捨石にされる東北にもヒトは住んでます!!

多くの方にご協力いただいた意見広告
岩手日報に続き朝日の岩手、青森、宮城県版にも掲載。
第三弾も計画中。青森もしくは首都圏に。
ひきつづきカンパ募集中!
ちらしなどご希望の方はご一報ください。

『豊かさ』そして『無関心』が生み出してきた、
あれやこれやに思いを馳せる。

| | コメント (0)

2008年3月27日 (木)

帰りたい場所

10歳、タイマグラの監督さんの車で
監督さん家の10歳くんと一緒に出かける。

時計を見ながら今頃着いたかな、
今何してるかなと。
留守番の12歳と7歳、寂しげ。

10歳だけが居ないということは
これまでなかった。
出かける間際まで取り組んでいた
3兄弟合作の仮面ライダーの立体の仮面
(この3日間かかりきりのかなりの力作。
しかし7歳がかぶるには、ちときついサイズで
着脱かなり大変そう)
10歳が色を吟味して塗っていた仮面は
製作途中のままテーブルに寂しげに転がっている。

帰りは10歳二人で電車を乗り継いで帰ってくる。
初めてのお使い状態。
二人のやりとりをこっそり見たいなぁ。
「困ったことがあったら
自分がどうしたいか人に伝えなさい」
とだけ言っておいた。
お守り袋も縫って持たせる。
「何か困った時に開けてね」と1000円札1枚を忍ばせて
出番がなければいいけど。

「タイマグラの風」最後の掲載紙が昨日届く。
妹の版画も何だか気合入れてくれたようで
タイマグラで只今満開のマンサク。
(あーして!こうして!
と指示を出してはいるのだけれど)
どこかアルフォンス・ミュシャを思わせるような
柔らかな色合い。(姉バカ)
妹の「妥協なし」の仕事で締めてもらう。
家族にも陰に日当に協力してもらい
脱稿の祝杯。

連載中、何度か手紙やお電話をいただいた
かつてこの村に住んでいたというまもなく90歳なるSさん。
昨日も電話をもらう。
「ほんとうに終わりなの?
毎週火曜日の新聞を楽しみにして、
切り取った新聞をくり返し読んでいる」。
名残惜しく言って下さる。
そんな方が一人でもいただけで嬉しい。
かつての山の暮らしと重ねながら読んでいたそうだ。
私のようなナンチャッテとは違い
過酷な、でもその分もっと自然からの恩恵を
身近に受けながらの暮らしだったのだと思う。

子どもや孫たちとの暮らしは、良くしてくれるし
便利だし、何の不自由もないという。
ただいつかは帰るつもりだった山の暮らしに
もう戻れなくなってしまった無念さをくり返し話された。
そんな90歳の思いがタイマグラのばあちゃんと重なる。

「どこも夢にみねぇが
     タイマグラだけは夢に見る」とばあちゃん。
最後のお見舞いになった、ばあちゃんがなくなる
1ヶ月前
「オラも山で皆と暮らしたい」
といって静かに涙を流した。
どうしてあげることもできない私。
どうすることもできないのは、ばあちゃん本人が
一番わかってもいたのだろうけど口にした思い。

「帰りたい」と思うのは
単に住み慣れた「場」という以上に
変わってしまった
価値観に帰りたいということでもあるのかなと。

来週盛岡のその90歳の方を
盛岡に訪ねることにしている。

今日は寒の戻り。朝から薪ストーブを真剣に。
春休み、新しいお客さん、懐かしい友達の訪問が続く。
感謝。

同時進行で、まずは1週間のばしてもらった
季刊「うかたま」の原稿!
「タイマグラの風」の余韻に浸る間もないな…。

| | コメント (5)

2008年3月20日 (木)

回らないお寿司

昨日は(日付かわって一昨日か)
フクジュソウ開花。朝から今咲くか、もう咲くかと
連れ合いとかわるがわる見に行ったのだけど
連れ合いお昼前に「咲いたよ!」
先を越された。
終了式で学校から子どもたちが帰ってくるのにあわせて
私はお昼にフクジュソウに会いに行く。

久しぶりに大切な人と会う時のように
足早に林の中を歩いていく。
雪の下でずっと準備してきたフクジュソウは、
水分をしっかり吸った落ち葉を持ち上げて
パカンッ!と咲いていた。
あの輝く黄金色が目に飛び込んできた瞬間に
涙がこぼれた。

ほどなく3兄弟そろい組み最後のランドセル姿が
帰ってくる。一緒にフクジュソウを眺めて
「今日のお昼はここで食べたい!」と10歳が提案。
「そうしよう!お花見焼きそば」と私が言うと
10歳が「嬉しい!ありがとう」と抱きついてくる。
ちょっと照れながらも、
まだこんなことができるカワイイやつよ。

お花見寿司とかだったら様になるのかもだけど
ま、近いのでフライパンごと持ってくる。
春のお昼。

そして翌日の卒業式。
小学校の教職員、在校生に見送られる。
本当に大きくなった6年間。
皆からいっぱい愛されて過ごした12歳だった。
感謝。

宮古へ出る用事もあったので
お祝いにお寿司でも(もちろん回るの)
と思ったが手痛い臨時の出費があり
家で回らないお寿司を作ることにした。

帰宅すると東京・西荻のぐーちょきパン屋さんから
パンが届く!なんというタイミング。ここ数日
忙しくてパンが焼けなかったのだ。
そして岩手町のハム・ソーセージを作る友人から
も思いがけないプレゼントが・・・。

注文していた日本酒も各種届き
明日から続く春のお客さんに備える。
今夜は味見を少々。

あーやっぱり早く帰ってきてよかった!

連れ合い握り担当。ホタテ、甘エビ、タコ、卵焼き
私は海苔巻き。
太巻き(ピンクのさくらデンブに盛り上がる3兄弟)、
細巻きは干ぴょう、かっぱ、ネギトロ

5合のお米はきれいさっぱり皆のお腹の中へ。
「やっぱりお家がいい」と一同。

食後には春休みに入り10歳と7歳はいそいそ宿題をやる中
12歳はお祝いにもらった英和辞書読んだり
ウクレレ弾いたり。
明日の予定を聞くと10歳、7歳は宿題と特撮セット作り。
12歳は連れ合いと猛禽類の調査。

それぞれに成長の春。

1年3ヶ月続いた岩手日報の連載も昨日最後の原稿を送る。
あとは写真選びのみ。
連載中私、もしくは家族が病気になったり、入院したり
あるいは死んだり、ケガしたり(危うく死ぬ、ケガあたりになりそうな
局面が実はあった。今だから言える)
何より私の書く気力がなくなったりしたら
どうしようかと思わないでもなかった。
ま、そんなこと考えてもしょうがないのだけど。
穴をあけることなく続いてよかった。というのが正直なところ。
持久力のない私が(といって瞬発力だってないけど)
ちょっとした自信にもなった。

よく子どもたちに
「大変なことを乗り越えたときに力がつくよ!」
なんてはっぱかけてるけど
私など大変なだけで、力がついたかどうかは怪しいなあ。
でもいいを勉強させてもらった。
そして沢山の出会いをもらったことは確か。
これからもいろんな人とこの山の宿の呆れるほどに
素朴な暮らしをひと時、共にしたいものだ。

春、やっぱりいいな。
あっ、でも宮古へ行ったら、花粉症の症状が…。

| | コメント (7)

2008年3月13日 (木)

土の匂いにありがと。

ホオジロの初鳴き(私にとって)を今朝は聞く。
雪もお日様にとかされて
茶色の大地が顔を出す。
8(雪):2(土)ってところか。

フクジュソウが咲くエリアだけ
雪がポッカリとなくなっていて
こんな穏やかな日があと何日続けば
あの輝かしい黄色に出合えるんだろう。
でも、これからまだじらされるような日も
あるんだろうけど。

季節がめぐってきて
日々を暮していけること。
当然のように過ぎる時間を
なかなか「ありがたい!」とは気づけないものだ。

数日前ちょこっと、いや、かなり
奇跡的に「ありがたい!」と
思わせるようなことがあったもんで…。

あー今ここに居られる幸せをしみじみと深々と感謝。
「人を、その時を大事にしてる?」って問われたみたい。
やっぱりワカンタンカ(大いなる力)の中で
生きているんだ。

もひとつ、一種ワカンタンカで共時性。
今朝、エコ・ナプ活動の
角張さんに「お手紙書こう…」と久々に彼女のことを
思っていたら、お昼、半年振りに角張さんからお手紙。
角張さんとは前も手紙を出した日に電話がきたりと
不思議なタイミングで繋がる人。

ウラウラと春先の縁側で土の匂いを感じながら
ありがとう。

| | コメント (0)

2008年3月 9日 (日)

融解座敷

味噌に明け暮れた一週間だった。
日付かわって昨日、最後の豆煮も終了。
ワラない苦戦しながらも皆さんのおかげで
無事味噌玉は1ヶ月の乾燥に入る。

麹菌の働きを妨げないために
1ヶ月納豆禁止。
しかし冷蔵庫片付けてたら
扉に1パック発見。
ポカポカ暖かな日差しの
縁側でだったら大丈夫かな。

私の中学時代の(ある意味)恩師の作品が
本日の新日曜美術館(NHK教育TV)に
1分ほど紹介されると連絡。
「融解座敷」うーん話は2年前、
いやその前から
風の便りに聞いていたのだけれど
怖いもの見たさというか。
人の心を震わせたらアーティストだよな~。
でもその前に家にはテレビがない。

「是非タイマグラで『融解座敷』を」
という要望があれば、それも叶うかもしれない。
…とセンセイ。
冬のタイマグラだと寒すぎて
「融解」にかなりの時間を要すると思います。

| | コメント (4)

2008年2月23日 (土)

特効薬

結局溶連菌かインフルエンザウィルスかどっちだったのか
スタートは先週土曜日に熱が出た7歳。
月曜日私。
火曜日10歳。
水曜日12歳。
次々発熱。

連れ合いは今のところ何事もなく
ひたすら今週は寝込んだ私たちの
看病をしてくれる。
今日は宮古へ六ヶ所関連食飲会議。
私も行く予定だったが…。

何とか今日は朝から起き出した。
小学校も水曜の午後から学校閉鎖で木、金もお休み。

体中の関節という関節、指の関節さえ痛くて
どぎゃんもこぎゃんも状態だった。
うんうんうなっている日中もツライけど、夜もツライ。
痛みでウツラウツラ。

夜中に10歳が「お茶飲みたい」という。
用意するの忘れた!
起き出してま、赤ん坊の頃のことを思えば楽になった。
となぐさめながら用意する。
そしてウツラウツラ。
「カカ○×△~カカ、カカ」
再び10歳。
「どしたの?」
返事なし。うっ!10歳も熱でうなされているらしい。
辛いの~風邪は。

つげ義春もびっくり的
人間の深層心理を映像化したような夢をみて
更にどかんと疲れる。
熱が下がっても偏頭痛と咳が続く昨日、
朝もウダウダとしていたら
学校から電話。
「宿題持ってこれからまわります」
うーむ、家庭訪問ではないが
あまりにもこれは惨状ともいえる家の状況。
おもむろに私のエンジンがかかった。
センセイに何よりの薬をもらったような…。

12歳と10歳は昨日は熱が下がったのに
今日は二人とも再び熱。

本日二人に泣く子もだまる!?
第一大根湯。
私はどちらかといえば好きなんだけど。
子どもたちは何だか観念しました的に飲む。
大根おろしに生姜おろし加えて
三年番茶の熱いので割って
お醤油たらしてグイグイっと。
明日は二人とも元気になりますように。

一人早々元気になった7歳は薪ストーブに
薪入れたり、薪運んだり
鼻歌うたいながら
お手伝い楽しそう。

今日久しぶりに外へ出ると
懐かしい湿った土のにおいがした。

| | コメント (6)

2008年2月14日 (木)

これよこれ!

つい一昨日は外へ出ると
「2月というのにヌルイ!」
と、イチャモンまでつけたくなるような朝だった。

そしたら今日は嬉しいまでの風!雪!冷え込み!
三拍子揃った。
「そうそう これよこれ!」
冬はこうでなくちゃね。なんて。

もう北島サブちゃんを越え、
石川さゆりも軽くクリア
北原ミレイってかんじかな。

山が鳴っている。
時折防風林のカラマツの枝が風に落とされ
パラン パラランと
屋根に当たる音。

こんな尋常ではない風が吹いたりすると
何だかワクワクしてしまう。ある意味自虐的。
人の心をハイにさせる作用があるのか。
私だけ?

ぼんやり過ごすうちに今日はバレンタインだったりした。
こんな形で男たちに囲まれる人生を歩むとは
思いもしなかったが(笑)
4人のわが家の愛すべき男たちにガトーショコラを焼く。
あとパソコン先生の渓雲荘主にも。
できの悪い生徒(私)に本日も懲りずに指導。
が、まだフシギ現象が起きるのだけど…。
ケーキだけでは申し訳なく週末あたり夕飯
ご招待して指導を願いたいところ。

ガトーショコラ、若干残りあり
本日のチョコのもらい分に不足ある方はどうぞ。

3兄弟は早くも来月の14日のホワイトデーに
どのクッキーを焼こうか
本を眺めて楽しんでいる。
ってお母さんへのお返しではなく
小学校のカノジョたちへ。

| | コメント (2)

2008年2月 6日 (水)

ゆるゆる前進

きっかけは腹痛だった。
先週末の土曜朝、起きようと思ったら
左肋骨の下あたりに鈍痛。
普段元気なぶん、弱気な思いがめぐる。
食欲全くなし。そのわりには日中も夜も
これでもかってほど寝られるのだから
鬱ではないのだろうけど。
自律神経失調症とか不定愁訴とか更年期とか
いろんな言葉をならべてみるけれども。
アルコールもカフェインも断つ。
ま、嵐が過ぎるのを待つしかないな。
幸い来週火曜日は新聞の休刊日で
こんな時にこそ書き溜めておけばよいものを、
知ってしまったからにはあれこれ他の用事がはいってくる。
あれっ、先に休刊日というのを聞いてから腹痛だったのかな~。

そんなまるで凹んでしまった私に
文句一つ言わずにご飯作って、
体が冷えたからかと(それもかなりあると思う)
川からバケツで水運んでお風呂を沸かし、
春には薪がなくなりそうだからと薪集めをして。
連れ合いの働きには頭が下がる。
朝も2度ほど早起きしてストーブつけてくれた。感謝。

冬は様々な思いが交錯する。
夏、考える間もなく何とかしてしまっていることなどが、
冬には時間がある分、私のあるよな、ないよな
覚悟のようなものを揺すぶられたりして。

今日は1週間ぶりにパンも焼く。
来年のエコツアーのお知らせとHPもでき
(これはお隣の渓雲荘主のおかげ)。
今年もいろんな出会いが用意されているのだろうなと。
ブログ書いてるうちに元気もでてきた。
書くという気力すらわいてこなかったから。
昨日12歳の中学校の保護者説明会へ行って思い出した。
6年前、小学校に行って「学校」という世界を久々に感じて
ヒョエ~っと思ったこと。
中学校ではまた更にヒョヒョエ~。
子どもたちも少しずつ少しずつ親、そしてタイマグラという
安全地帯からの巣立ちを視野に入れつつ。ゆるゆる前進。

ぼちぼち子どもたちが帰ってくるぞ。
ストーブ全開で迎えよう。

| | コメント (4)

2008年1月16日 (水)

簡単なこと

全面滑走可能な道を越えて盛岡へ
冬の盛岡はほとんど行くことがないのだけれど。

今日は県議会の環境福祉委員会で請願陳情中の
「海へ空へ放射能をださないで」
という請願について委員会が国から担当者を招いての説明。
切々と「安全」であることの説明。

私は始めて県議会の委員会の傍聴をしたのだけれど
今日は50人近くのヒトが集まった。
定員があるので代わる代わる部屋にはいって傍聴する。
結局またまた継続審議となった。次回は2月

海へ空へ放射能をださないで
せめて原発並に・・・
何も難しいことはないではないの
と思うのだけどね。

私はただ
春になれば
熱湯かけて鮮やかな緑にかわった芽かぶを
チュルチュルッとポン酢をかけてたんと食べたいし
夏になればやませだな~とタイマグラよりも時に涼しい
どんよりと霧につつまれた宮古の海に出かけ
秋になれば「このために生きていたのかも」
とサンマづくしの食卓
冬になればドンコ(エゾイソアイナメ)の
味噌汁やチゲを存分に食べて足の先まで
温まりたい。
海は私の口のようなところなんだけどな。

ダムや道路そして基地や戦争や放射能や…。
人の暮らしを不安と背中に合わせにするのは人間だし
そこから違う生き方を求めていくのもまた人間。
自分の置かれた場所で最善の道を見極めたい。
おかしい!イヤだ!不安!という思いが声となって
大きなうねりとなって変わっていく力になると信じて。

「ネズミだって生き物さネーコだって生き物さっ」
ラジオから「トムとジェリー」の歌が聞こえてきた。
だいたい人間だけが地球に暮しているわけではないのにね。

※年末年始皆さんに協力していただいた地元紙への意見広告
目標額達成しました。間もなく(今月中)掲載予定です。
本当にありがとうございました。
原子力産業に関連する施設のない岩手のポジションは重要と。
引き続き全国紙、青森の地方紙への掲載も余剰があればと
取り組んでいます。

ふーっと少々疲れて家に戻ると
兄が沖縄の友人に手配してくれた
ムーチー手作りセット(月桃の葉っぱ、もち粉、黒糖やら)
が届いていた。
感激!
沖縄も一応冷え込む季節
昨日はムーチービーサーだったのだそうだ。
月桃の葉でくるんだ餅を備え厄払いをする。
与那原町のゴミ袋(未使用の!)に入った月桃の葉の束に
子どもたちと頭を突っ込み
「沖縄の匂いだ~」
明日は2日遅れだけど
極寒のタイマグラでムーチービーサー。
明日も冷え込むらしい。

| | コメント (5)

2008年1月10日 (木)

似たり寄ったり

妹と私は性格的にはあまり似ていないが
顔や声は似ていると言われる。

父と妹はやること等似ていると思うことがある。

買った時点で安心してしまうこととか…。

父の膨大なCDコレクションを見るにつけ
せめて聴かなければ…と、
私のケチ根性がムラムラと刺激される。

本も、とにかく好き。
こちらはほんとに「読書が好きなのね」と認めるところだが
家にこれだけ本があるのなら
私の読みたい本はさておいて
この家を潰してしまいそうな勢いで増え続ける
本の中から面白そうなのを探そうかと思ってしまう。

おびただしいCDのコレクションの中にきっと
ショスタコービッチもあるだろうと探すと
案の定数枚あった。
同じ曲のCDもある。指揮者が違うとか何とか言って。

本棚にも同じ本が何冊かあるのだ。
岩波新書の「天才」が2冊あるところに
あれ?3冊だったか?
父の奇才ぶりが伺える(涙)。

それでCDを聞こうとして開けると、
すでにショスタコービッチの
別の交響曲が入っていた。
母が妹の仕業だという。私もそう思う。
また明日やって来るような部屋の状況で
オランダへ帰ったようなのだが
おやおや…と思いながらも
同じような嗜好をしていることを
苦笑しながら聴いた。

妹の部屋には
父のCDコレクションの中から
彼女の好みだか何だか知らないけれど
ワンサカそのまま置いてあった。

今度はベートーベンの「悲愴」…
と思って探すとやはりきちんと棚にあった。
よしよしと、CDケースを開けると今度は
中が空っぽ。
母再び、妹の仕業という。
あのワンサカの中にはケースから出たCDも何枚かある。
その中にあるのだろうけど
果てしない神経衰弱ゲームのようで途中でやめた…

ま、悲愴は別のピアノ曲との組み合わせで
2枚目のCDを見つけたのだが。
何だかね~。

父に「持って帰っていい?」なんて聞くと
また別に買ってくれそうで怖いので
「黙って持って行きなさい」という母が正解だと思う。
2枚タイマグラへ失敬して行く。

妹と服の好みは大概似ている。
違うのは私はお金をかけないけれど
妹はわりと気前よく買う点。

リサイクルショップへ一緒に行くと
私が300円くらいのスカートを
「ウーン」と考えていると。
「あっコレ私!」ちゃっちゃと妹はレジへ持っていく
性格もスコブル良い。

妹の残していった服を眺めて
2、3年後に回ってくるであろう
お下がり(お上がりか?)を楽しみにしている。
私のセンスを妹に合わせたのか?

子どもは親を見ている。
この年になっても今だに私は見ているのだろうか
私は母のようになっていくのだろうか。

時折ピシャリと父に手厳しいコトバが
何とも私が連れ合いに対してとき折り見せるそれに
似ているようで困っている。特に食、アルコール方面。

しかし夕食を用意しながら母は自分で作った
ヤマモモ酒など飲みながら
「…だって、やってられないよ」などと言いながら、
私にも小さなグラスに入れてくれて
魚をさばいていたあたりも心当たりがある。気をつけよう。

明日はいよいよ松江を発つ。
荷造りに取り掛からねば。
友人からすすめられた個人文庫が
近所にあることを聞き、今日は訪ねる予定。

図書館の本も県立と市立から借りまくったのを返却しに。
児童文学の翻訳家でもある清水真砂子の講演録
なかなか良かった。が残り1/3、時間切れか。
村の図書館で買ってもらおうか。

宍道湖畔の素敵なパン屋さんにももう一度寄りたい。
祖母宅にも。

レンタルした「それでもボクはやってない」
まだ観てないし。これは寝る間をけずるか。
タイマグラのカントクに内容あらかた聞いたけれど
やはり気になり。

毎冬訪ねる息子たちがお世話になった助産婦さん
今回は訪ねられないかな。

母方の祖父のお墓は先日ふらりと挨拶してきたのだが
父方の方には行ってない。
お墓に眠ってなんかいなさそうだけど。

あー盛りだくさん。
その辺がまた母のようで。

| | コメント (0)

2007年12月31日 (月)

年末(控えめ)ジャンボ

松江へ帰るたびにチェックするリサイクルショップ。
タケノコのように伸びる12歳のジャケット探してたら
バッチリのを見つける。それも美品◎!

連れ合いにもウールのタートルネック。
彼は一旦着たら、
もうどこへも回すことができないほどに着尽くす。
このセーターも買うのをしぶったが
ま、10年に一度あるかないか、いいんではないのだろうか。
おせっかいだろうけど。

レジで抽選箱に手をつっこむ邪心なし!(といえばウソか)
ラッキー1000円割引券!
今度は私の探そっかな。

帰りにセルフのスタンドでガソリン入れ終わりスロット。
無視して行こうかなと思いつつ、
つい私の優れた動体視力が追ってしまう。
お、もひとつ、ヨイショ!やった!
1等『777』
松江って日本でもトップレベルに!?
ガソリンの高いところなのだから。
リッター5円引き!(1等のわりに控えめか…)

宝くじは買ったことはないのだけれど
これくらいが私にはちょうどよいかな。

今年の運は今年のうちに使い果たして
また新しい年には新しい運が開けるか、控えめな運が。

今年も一年あたたかく見守ってくださったり
応援してくださったり ありがとうございました。

それでは皆さん よいお年をお迎えください。

| | コメント (0)

2007年12月29日 (土)

東京経由

松江に来た。

ほどよい町だと思う。
大都会ではなく、
かといって「タイマグラ」ほどでもなく。

駅前の家から寄り道をしながら
宍道湖を越え
松江城のたもとの図書館まで歩く。

県庁所在地に原発があるほど
のどかな町。

私の育った町ではないけれど
祖父母の暮した家に暮す両親。
慣れ親しんだ町でもあり。
適当な間隔で人とのつながりもあって
大好きな祖母や叔母たちのいる町。

東京経由で来たのだけれど
子どもたちは目を丸くするほど
まっすぐに歩けないほど。
…私には「多過ぎる町」なのかな。

東京にいた頃「人」を意識しすぎたのか
そしてどこに向っているのかもわからなくて
自分を見失うような日々も哀しく…。

タイマグラのように人に会うたびに立ち話したり
お茶飲みしたりすることなどない町。

松江のように橋ですれ違いざま
会釈ができないほどの人の波。

そんな東京で出会えることは奇跡のようで。
…でも人を思うよりも自分を守ることに精一杯で。

ここから離れなければ暮していけない
なんて思ったりして離れた東京。
どこか島根に似た風景の岩手へ。

東京と未熟な私
今がこうしてあるのは、
東京を経由してきたからなのか。

いまだ未熟だけれど。
少しずつココロのひだなど加えつつ…。

両親と暮す、17歳になる犬が
帰るたびに弱っていて
静かに年月を感じる。

| | コメント (4)

2007年12月24日 (月)

消えた液体

バシャーン…
と音をたてて私の1日の(大げさか)
ま、トータル3時間くらいの仕事が流れた。

昨晩のメイン合鴨の鍋。
羽根むしりと内臓はすでに処理してあったので
非常に助かった。
解体、そして鶏がらを鉄鍋で焼き
ネギと生姜を加え更に焼いて
水と酒を加えてあく取りしながらストーブの上で
静かに煮る。

みりんと醤油、砂糖でカツオだしをとり割り下を作り
スープと加えて味を調える。

味も決まった。
後は野菜と合鴨肉を投入。

置く場所がなかったのでストーブ脇に。
子どもたちが引っかからないように
気をつけて等と思いながら

私の足がひっかかり冒頭のバシャーン。
ふき取る分はふき取りあとは土間に吸収…

素早くあきらめ(きりかえ)
わずか鍋に残った1センチくらいのだしに
濃い目の割り下をつくり直し加え
「鴨肉からもだしは出る!」と言い聞かせる。

おいしい鴨鍋だったね皆の優しさを受ける。
としか言えない状況だったよね…。

カモ君一家とタイマグラのカントクも招き
2時まで薪ストーブを囲む。

六ヶ所のこと、子どもたちのこと
友人一家の農的暮らしにシフトしたこの2年のこと。

子どもたちはカルタ、坊主めくり、百人一首で盛り上がる。

「あーだし汁!」との思いもおかげで尾を引かず。
こぼれてもかえっていく液体ならばいっかと。
トリチウムの半減期は12年、クリプトン85は10年
プルトニウムにいたっては2万年もかかるというのだものね
鴨のだし汁は許せる!
もったいなかったけど。

ボタボタと重たい雪が降って
また新たに木々に雪がついている。
今日は満月そしてクリスマスイブ。
雪を青く照らすお月様は見えるだろうか。

| | コメント (3)

2007年12月10日 (月)

沖縄の風

那覇空港へ向うレンタカーが走り出すと
ラジオから矢野顕子の
「自転車でおいで」が流れてくる。
いつも車で聞いている曲。
もう涙がそこまで出てきそうだったのだけど
同乗の兄や姪っ子たちを驚かせても悪いので必死にこらえた。

金曜の朝一番でタイマグラを出発。
従兄弟の結婚式で沖縄行き。
昨晩雪のタイマグラへ帰ってくる。
温度差25度。

もうすっかり36歳のいとこだが、いつまでも「…ちゃん」扱いでごめん。
子ども時代、東京時代もそれほどお世話はしてはないけど
でもね心配はしてたのよ。
これから進む自分の道、そして二人で歩んでゆく道。
どうぞよき道が開かれていくように。

沖縄へは私が中学1年生から二人の兄たちの遊学をきっかけに
毎年行っていた。
今回の旅は15年ぶり。
上の兄は家族5人で出席
下の兄と私はそれぞれ三人の子どもと連れ合いはお留守番
久々の一人旅同士。
青春プレイバックをすることにした。

朝5時からいろんな話をしながら散歩をする。
「レンタカーで回ろう!」と結婚式が始まるまでドライブ。
何の予定も入れていなかったこの旅の自由さ。
宜野湾のアパート、琉球大学、宜野湾セミナーハウス
親と旅行する中学を卒業しても
何故か沖縄にひかれた。

兄の下宿していた中城の家はもうだれも住んでいなかった。
ドアノブが壊れてツッカエ棒でしっかり止めてあったが
500円玉ほどの穴から中を見る。
そのまんま時間が止まったような部屋。
ルームシェアしてた兄の友人にも夜那覇で再会。

帰る日も5時から8時過ぎまでしっかりドライブ。
御嶽(聖地)へ行こうかといっていたのだが時間切れ
琉大医学部の駐車場から朝日を見る。その手前に久高島を望む。
それぞれ家庭も仕事も忙しく話す機会も昔ほどなくなっていたけれど
兄から受けた影響は20代の前半にかけて多かったな~と思う。

神戸へ向う兄たちを見送り、30分後に私の乗った
飛行機も飛び立つ。
・・・と何だかこらえていた涙が流れだした。
隣のおしゃれなシャツを来たオニイサンに
気づかれたくなかったのだけれど…。
何の涙だったのか自分でもよくわからない。
「沖縄病」ととりあえず名づけることにしといた。

感謝の涙かな。

本日はフーチバージューシー(よもぎのぞうすい)
ジーマーミー(ピーナツ)豆腐 by わさび醤油
沖縄ソバ、豆腐ようの夕飯。

この一ヶ月半私のつぶやきを黙って聞いてくれたナディ
先週ネパールから戻った飼い主がお迎えに来る。

今日は1日沖縄病により放心状態。
何事も手につかない。
明日には回復しなければ・・・。
できるだろうか。

子どもたちは私の留守中に友達にもらった
ウルトラマンコスモスメビウスのDVDにすっかりはまり
夕食後「カカも一緒に見たほうがいいよ」とのすすめで見る。
7歳はまだ時おり「ウルトラマン」だったが
もうとうに卒業したと思っていた10歳
そして12歳までもまるで夢中。
永遠の憧れ。

子どもたちへのお土産はサトウキビと
それぞれに選ぶ。

7歳にはハブのおもちゃ。
あれなんという名前だろう
「うそつきは指が抜けなくなるっ」て
ドキドキしながら指をつっこんで遊んだ。
クバで編んであるのかな?
値段も当時と同じくらいで売っていて
嬉しくなって迷わず買った。
私のセーターの中に頭を突っ込んできて
「あーカカは沖縄のにおいがする」

10歳には沖縄の貝のトランプ。熱帯魚と
どっちか迷ったけど形、色フェチの彼にはコレ!
「今日はカカがいるから百ます計算ちょっと
間違えたけどヘイキだった」と嬉し恥かしそうに帰宅する。
鳥の巣の本読んで!というので一緒に読んで寝る。(その後復活)

12歳にはガジュマルの枝3本。
育つかどうかは極めて怪しい。それも真冬。
せめて夏までもつならそれから水に挿そうか
それともガジュマル温室を工作するか
思案している。12歳食事後
「では聞かせていただきます。
何を食べましたか?そして一番楽しかったことは何ですか」

そうね。一番楽しかったことは何かな~。
沖縄の風を感じたことかな。

| | コメント (5)

2007年11月15日 (木)

海のまち

昨夜の講演会。
私のつたない話ではあったが
質問コーナーでは「伝わったな」
と思える感想や質問もいただいて
一人でも子どもたちとの今日からの暮しが
よりよいものになっていけば・・・
と思う。

夜の運転はあぶないからと
連れ合い運転手として一緒にでかけることにした。
隙あらば石も叩きたかったらしいが
本日は時間なし。

たしかに前日は睡眠不足で
道中半分以上は寝ていた。
おまけに帰り道、標高の高い遠野の高原は濃霧。

道が良くなっていて意外に早い到着。
200年の歴史があるお醤油さんを訪ねた。
今年六ヶ所村まで歩くという人たちがわが家へ寄った時
そのお醤油屋さんも受け入れをしてくれたということで
ポン酢をいただいた。とてもおいしく機会あらばと思っていたお醤油屋さ。

アルコールやアミノ酸など使わない
県産の大豆と小麦を使ったお醤油を桶で仕込み櫂を使って
手で攪拌、てこ絞りという昔ながらの圧搾をしている。

当主は「日本一」といわれる牡蠣の産地でもある地元の海を
開発から守るため、かつて宇井純の講座に
手弁当で岩手から通ったという人。

お醤油の色とは対照的に透き通るように色の白い若い女性が
7種類のお醤油と、もろみの試食をさせてくれた。
お醤油のことを一生懸命伝えようとする彼女に
連れ合いと感心しきり。
ポン酢と醤油、もろみ味噌を買っていく。

まだ時間があったので海へ。
この先にあるの?
というほど辺りは静か
凪ぎの日だ。
松林を歩いていると
波の音が聞こえてきて
久しぶりの海に呼ばれるように
足早に松林を抜けて海岸へ出る。

視界が開ける。
大きな湾に小さく寄せる波。
あー海に会えて良かった。

| | コメント (2)

2007年11月 3日 (土)

手のシワ

この季節タイマグラでは薪ストーブも稼働しはじめる。
よって私の指やら爪やらすすけて黒くなる。
加えて寒さで手が荒れて、一度お風呂に入ったくらいでは
とれないのだ。
タイマグラにいるといっこうに気にならないのだが
こうして町中にいると、レジでお金を払うときなど
自分の指やら爪の黒さに驚いてしまう。

それがふと今日車の運転しながら赤信号の時に
手を見ると白い!爪も指も。そしてツルツル・・・。

タイマグラに来た当時
日に晒されてシワを刻んだばあちゃんの手を
かっこいい!と思う反面
この暮らしにまだ戸惑いがあった私は
このまま日に焼けてシワシワになっていく
姿を想像できなかった。

ま、私はばあちゃんのような働きものではないからね。
なろうっていってもなれないのだけれど。

本日は松江の
母方の祖母の94才の誕生日。
祖母の手に育てられた母に
私は育てられ、また私も子どもを育てる。
シワを刻みながら。

祖母は「欲を出して95までお誕生日迎えられるかしら」
なんて言ってたけど、大丈夫大丈夫!
スーパーポジティブシンキングなおばあちゃん。
これからもばあちゃんの存在は私の支えです。
明日は(日付かわったか・・・)タイマグラへ。
また手にシワを刻み、
煤に指が染まる日々がはじまる。

| | コメント (3)

2007年10月30日 (火)

ありがと

「ほんもののいねちゃんに会いたいんだよぉ」
7才が前日になっていとこのいねちゃんに会いたいと
ちょっとこじれた。
一旦布団へ入ったのに「ここでかかを見ながら寝てもいい?」
出発前夜も原稿を書いていた私の横へきて言う。
「運んであげるからいいよ」
ほどなく毛布にくるまって寝てしまった7才を運ぶ。
いつの間にこんなに重くなったの。
でもそんな子どもを留守番させることに
申し訳なさしきり。

山の仕事はないとはいえ
連れ合いにガバチョと仕事を
言い残していく。

この秋も私一人がぱたぱた。
せっかく必要とされるのなら
とあれこれ仕事を引き受けてしまう。

まずは子どもたちと連れ合いとの暮らしが
きちんと回っているか。
タイマグラでの暮らしがまわっているか。
忘れないように心に問ながら。
自分のテンポをくずさない連れ合いが
羨ましくもあり
ついそこに私がケンカ売ってしまったり。

植え残したニンニク
干し大根霜にあてないように出し入れ
子どもたちの学校行事の参観・・・
あれやこれや言い残して出発。
山のような洗濯、
登校前の慌ただしい朝ご飯。
連れ合いも子どももやるだろうけど
何だか反省してしまった。
子どもたち連れ合いがいるからこそ
私は在るのだなと。今更ながら。
それで12月いとこの沖縄の結婚式
にもしっかり行かせてもらうし・・・。

5人それぞれの存在がこのタイマグラの暮らしを
回していることをあらためて
確認するとき。

そんなこんな思いながら盛岡の新幹線の
ホームで待ってたら
ザックかついだ大男がエスカレーターで上がってくる。
「あれれ?」
ナディの飼い主、金曜の夜大酒飲んでった
ネパールへ行くという友人が
ガイドするお客さん夫婦と共に現れた。
「この新幹線?」
新幹線も同じ車両も同じ、座席は前後の続き番・・・。
全席指定のはやて8号みどりの窓口で
数日前に買ったチケット。不思議です。

羽田空港でその彼の今年の新米でつくってきた
おにぎり一個、一人しみじみと食べながら
やっぱり家族よありがとう。

八雲立つ風土記の丘・・・
宍道湖畔の空港は雲が重なり合い
まさに八雲。
ゆるやかな山々にぶつかる日本海・・・。
懐かしい風景を俯瞰した。

| | コメント (0)

2007年9月28日 (金)

苦渋の選択

一雨ごとに気温が下がる。
今年は大豊作のクルミも今日は干せずに
縁側で積み重ねたまま。
おひさま~!
12歳の収穫したソバも雨に濡れている。

ここのところ晴天にめぐまれ
暑いような日もあったが
その分朝晩は冷え込み、薪ストーブも登場。
(8月中も、あまりに寒くてつけたが…)
今日は気温も上がらず縮こまっている。

連休中は新しい出会い、
久しぶりの再会…。
窮屈なフィールドノートで
ひしめき合ってくださった皆さん
どうもありがとう!

10月も大口!?が2組。
下の兄一家の
初タイマグラというのもある。
しばし賑やかなフィールドノートは続く。

秋もなかなか忙しい季節だ。
そんな合間をぬって
一昨年の9月は父が具合が悪くなり
急遽帰省したり(今はすっかり元気お酒も復活!?)。
昨年は妹が結婚すると言うので帰省。
秋の旅!?がここ3年続いていたら今年は
沖縄に住む従兄弟から結婚式の招待。
お正月に会ったときにも「来てくれるかな~」なんて
話はしていたが、いよいよ結婚ね。
「ウッヒャーしょうがないなぁもう…」
なんて私もいそいそ計画をたてていた。

が、タイマグラへ10月来る予定だったオランダに暮す妹が、
「生後5ヶ月の赤ん坊連れてタイマグラは、やっぱ無理かな・・・」
ってことに。

「島根へ帰ってこられる?」と母やら妹からのお誘い。

子どもたちに「沖縄も島根も」って言ったら泣くよな~と思ったが
とりあえず聞いてみた。
「いいよ。留守番頑張る」
「カカの後悔の残らないように決めたらいい」
「そのかわりお土産だよ。食べ物以外…」
ケナゲな彼らの言葉。
連れ合いの「いいよ…」
とはいいつつ「行くの?一人で?」という視線も痛かった。

お客さんや原稿かき、家のこと…。
やはり沖縄と島根の両方は無理だな。
ここはひとつ育児に奮闘する妹に会うのと
姪っ子に会って覚えてもらおう!
従兄弟にはまた別口でお祝い!

沖縄 遠いなぁ…。

| | コメント (7)

2007年9月18日 (火)

何を言いたいのか分かります

先週母が4日ほどタイマグラに滞在。
2年ぶりにやってきた。
到着して家に入る前
ジャングル化した畑を眺め
部屋へ一歩踏み込んで
雑然とした部屋を眺め(私としては片付けたつもり)
しばし無言の母。何を言いたいか分かってしまう・・・。
「まっ、座ってよ」
といっても
ぐるりと見回して「どこへ」と言いたげな母ではあったが。

温泉に行くでも、ご馳走するでもなかったけど
子どもたちと一緒にどっぷりとタイマグラの時間を
すごしてもらう。
平日だったので小学校へも見学。
12歳の5、6年のクラスでは
「百人一首を一緒に!」と歓迎をうける。
母も思わずホンキで参戦。
子どもたちのリクエストでシュークリームを作ってくれた。
畑もよみがえった。

「滞在中は朝起きてから顔も洗わなかったかも~」
帰るころにはすっかりタイマグラのテンポに
巻き込まれていた母。
空港への出発時間ギリギリまで破れた障子の穴ふさぎやら
ホウキで掃きそうじやら・・・。

あーこんな暮らしをする娘を
いつも暖かく応援してくれてありがとう。
いつの日か私も子どもたちたちが
好きな場所で好きなことをしたいといったら、老婆心で
止めさせるのではなく信頼して応援してあげよう。

| | コメント (4)

2007年9月 5日 (水)

ポロッと

下を向くとメガネがスルリッと
落ちてしまう。
顔が小さくなったのではないことは確か。
メガネをつくって7年の月日が
フレームの形をかえてしまったのか
とにかくうっとうしい…。

ネジを締めただけでは解決しない。
誕生月のサービスでメガネの調子を
みてくれるというハガキがきていたので
先週メガネ屋へ行った。

5分ほど待っていると
調整は終わり
メガネも洗浄してもらい
鼻当て(というのか?)
も交換してある
全て無料。
店員が手渡すとき
「相当使われていますので、いつ壊れるか…」
などとびびらせたりしたが
無料ならばそんな言葉もヘイキなのだ
「ハイハイと」軽く返事をして
お礼を言って帰ってきた。

喜んだのもつかの間
さきほどお風呂に入ろうとメガネをはずした時に
ポロッと左側のツルが折れてしまった。

ショック!

私にとって(だれにとっても?)
体の一部ともいえるメガネである。
昔使っていたメガネなどは視力が落ち
度数が変ってしまって
かければ生活に支障をきたしそう。
使わないサングラスを分解してツルだけ交換してみようか。
接着剤?

お風呂につかりながらいろいろ考えたが
やはり明日宮古へ行くべきか。
お出かけしている場合ではないのだが。
でもどうやって運転…。

試しに右側だけで耳にかけたところ
けっこういける。
とりあえずこれで急場はしのごう。

12歳が
「明日早起きしたらハンダでくっつけてあげよっか?」
よっしゃ起こすぞ!

しかし壊れるのなら誕生月の8月中にしてほしかったな
結局高いんだか安いんだか
メガネの値段ってナゾだな。

| | コメント (9)

2007年8月21日 (火)

踏み台昇降運動

子どもたちは今日から2学期。
お客さんは早々に出発。
普段はあまりないバイクのお客さんだが
昨夜は偶然二人同宿となる。

お天気を気にしながらの出発となった。
タイマグラから青森の酸ヶ湯
めざし北上する人、
北上の夏油温泉目指し南下する人。
空模様も気になるところ。

私も空模様が気になる。

ここ2,3日シャキッと晴れる日がない。
洗濯物は乾かず、溜まっていき
干す場所がない。

晴れた!と思って外に出せば雨。
ふーっと軒下や縁側にとりこむ。
その矢先にまたカーッとお日様が照りだしたり。
ちょっとお日様にもてあそばれている気分。

洗濯物をかかえて
縁側を上ったり降りたり…。

中学生の頃の体力テストで
「踏み台昇降運動」ってのがあったのをふと思い出した。
家事労働も脈拍数がかなり高くなるなど
20数年前は思いもしなかったが…。

今日はお客さんもぽかりとない。
洗濯機にはまだ洗濯物はあるのだけれど
せっせとやったところで乾かないしな。
何だかお昼寝気分のケダルイ午後。
その後タイマグラ温泉だ。

| | コメント (2)

2007年7月31日 (火)

ねむ~。

夏休みも1週間経過。
夏 真っ只中の暦とは裏腹に
本日の私の格好は
長袖Tシャツにスパッツに巻きスカート。
冷え症というのもあるけれど
やはりこの気候はヘン!
明日から8月というのに。
先日の晴れ続きの日に
梅の土用干しをしておいてよかった~。
ここ2日は5月下旬あたりの気温らしい。

岡山から来ていた兄と姪っ子たちも帰り
タイマグラ3兄弟は何だか物足りない様子。
まだまだ夏休みはこれからなのだけど
この低温も相まって何だか盛り下がる。

兄は外科医なのだが、たまたま同宿した
宮古の友人一家、その連れ合いも医者で
二人して地域医療を語っていった。
報われない医療現場・・・。
現場とかけ離れた政策、命を預かる医者の熱い思いが
どうかつぶれない様に。

今日は県南に住む友人がきて
6歳としっかり遊んでいってくれた。
こちらは高校生との関係に迷える
英語教師・・・。

専門職な人々との出会いが続いた。
私は特別何のプロでもない。
だけどこの家にやってくる人々を
迎えることにかけては
プロフェッショナルでありたいと
やんわりと思ったりした。
それぞれに魂の喜ぶ仕事ができるように。

それにしても眠い。
あまりの眠さに何年かぶりの昼寝をする。
1時間半のつもりが4時間爆睡。
6時、子どもたちはご飯を圧力鍋で炊き
(きちんと毛布にくるんで省エネ調理もバッチリ)
残り物などを寄せ集め
畑のキュウリやらミニトマトを採ってきて
きれいにお皿に盛り付けてある。
感涙。

どうやら明日は気温も上がるらしい。
私もゼンマイきりきりっと巻いて
ガンバロ~。

| | コメント (4)

2007年7月19日 (木)

上映会

先日12歳と10歳と三人で「ひめゆり」を観に行った。
元ひめゆり学徒隊の方たちの証言のドキュメンタリー。

言葉にできるようになるまで、どんなに苦しかっただろう。
言葉にしても、生きている限り彼女たちの心に残る傷。
その思いを私の胸にも刻んでおきたいと思った。

スクリーンからは80歳前後の彼女たちの
「今 伝えておかなければ」
と、突き動かされるような思いが確かな言葉で伝えられていた。

映画は時折当時の映像が入るものの
ほとんどは現在の彼女たちの証言が中心に構成されている。
その言葉、表情から彼女たちの悲劇を
私たちの想像力で追体験する。

10歳の息子は途中目をそむけ耳をふさいだ。
そっと私は手をつないだ。

忘れてしまいたいことを語る。
目を背けたいことに向かい記憶する。
「今」必要ことなのだと思う。

ひめゆりの上映会はこちら↓
http://www.himeyuri.info/

特別上映会「ひめゆりの風」として
      監督・元ひめゆり学徒を交えて
  8月15日16時30分から
  8月16日14時から
   東京、新宿区四谷区民ホール

  8月4日~
   ポレポレ東中野でアンコール上映
   http://www.mmjp.or.jp/pole2

劇場上映
  7月21日~8月17日(4週間)
   第七藝術劇場  
    
  8月11日~8月24日
   名古屋 シネマスコーレ

  9月~ 
   広島 横川シネマ 

自主上映
  7月27日 午後3時30分~ 午後6時30分~
   宮城県仙台市 仙台弁護士会館

  7月29日 午後1時~ 午後6時15分~
   長野県長野市 勤労者女性会館しなのき

わが家でもオリジナル上映会が流行っている。
現在12歳の熱中工作は紙フィルム映写機。

朝は「5時に起こしてね!」
学校から帰ってもいつもは
のんびり宿題をやっているのに、ここ数日は早々に終わらせ
ひたすら工作。

学研「大人の科学」なので
今は付録の映像。

10歳、6歳は会場セッティング、チケット作り、もぎりと
3兄弟協力の上映会。

自作アニメーション作りも
10歳、6歳の画伯が担当か!?

昨日はお客さん4人にも上映チケットを無料配布(笑)。
夕食後は暗い画面を皆で目をこらして観る。
活弁もほしいな~。
暗い画面もムードがあるけど
ライトをLEDに変えようか。
いろいろ課題は残るようである。

こんな時間を過ごせるのも平和だからこそ。
暴力で手に入れる平和なんていらない。

過去を記憶し、未来に思いを馳せ・・・、そして今を知りたい。

| | コメント (2)

2007年5月30日 (水)

サイトーさん再び

先週末は小学校と地区の合同運動会。
あいにくの雨で体育館での運動会となった。
体育館でできるほどの規模というのがなんともアットホーム。

11歳が1年生で入った初めての運動会、
のんびり撮影気分で行ったら大間違いだった。

親子競技、地区の競技、伝統芸能の着付け・・・
その上景品係り・・・とか役もあったりで
撮影どころではないのだ。
そして参加者が皆々熱いのである。
お楽しみ気分で行った私もいつの間にか
ホンキになったりしているからおかしい。

今年は室内なのでリレーもなくほっとしていたが
綱引きは男性チームの人数が足りず借り出される。
女性チームで2回男性チームで2回。
4回連続の綱引きは予想以上にこたえた。
綱引き後から全身の倦怠感・・・。
背中、足の付け根、腕これでもか的筋肉痛に見舞われたのであった。
お風呂で腕をみると両腕に綱の跡が。
おそるべし綱引き。

運動会の日はサイトーさんが再び訪ねてくれた。
わが家に唯一あったサイトーさんの著書(友人にかしてもらっている本なのだが)
「東方見便録」の共著ともいえるイラストの内澤旬子さん。
独特の緻密なタッチで、サイトーさんも絶大なる信頼を寄せている
イラストレーターだ。
彼女の各国の屠場をルポした「世界屠蓄紀行」
(解放出版社・刊アマゾンの総合ランキング19位にまでなったという・・・)
読みたい~という話をサイトーさんにしたら驚いた。
「内澤、フィールド・ノートに来たっていってますよ」と。
「なに~!!??」

びびっと思い出した。
私が来た年の2月、社民党の機関紙の取材で来てた
イラストのお姉さん・・・。
あわてて宿帳を引っ張り出すとまさに内澤さん!!
連れ合いと私のデッサンも書いていた。
魚を煮つけている連れ合いと
村のお店のポイントスタンプを台紙に貼る私。

せっかくだったらいそいそ働く姿を書いてほしかった。
が、来た当時はそれくらいしか私も仕事できなかったか・・・。
永久保存版の宿帳だな。

翌日は連れ合いとサイトーさんは早池峰山頂トイレの
ウ●コおろし。
天候悪く中止となったのだが、
連絡行き違いで、上で待っているという情報が入り
山頂へ。友人にも会えず上は雪。

いかなる文章も、実際に出かけて感じたことだけを書く
という信念のもと旅を続けるサイトーさん。
リベンジを約束して帰路についたのだった。

一雨ごとに緑が濃くなるタイマグラ。カッコウも鳴き始めた。

| | コメント (0)

2007年5月18日 (金)

新緑の効用

昨年の経験から
長期戦の偏頭痛を覚悟するも
本日4日目。
かなり痛みの間隔もあき、痛みも強から弱へ。

ひたすら頭のてっぺんのツボを
おしまくったのが良かったのか
自分でもおどろくほど眠ったのがよかったのか
楽になった。

ギックリ腰で連れ合いがお世話になった
盛岡の鍼灸にいよいよ私もデビュー・・・
と思って連絡すると
アメリカへ研修に出かけているとか。残念。

楽にはなったが
この際もひとつかねてから気になっている
操体の方を訪ねてみようと思う
(たとえ偏頭痛がおさまっても)。
私の気がおさまらぬ・・・。
長距離運転で再び頭痛が出るのでは・・・と
思わないでもないのだが。

先日から縁側があまりに気持ちよいんで
いつも簡単にメールで済ませていた友人に
手紙など書いていた。
ここんところぽつりぽつりと友人から返事が来る。
先日は秋田。
今日は神戸から。
やっぱり手紙って嬉しい!

それにしても走り書きの私と違い
友達の字の美しいこと。

今日の神戸の友達は学生時代から
美しい字で定評があったけど
彼女も3人の子どもたちとの日々に
奔走しているはずなのに
この落ち着いた文字は!!??

今日は雨。ひと雨ごとに
濃くなる緑を眺めながら
またお手紙書こう。

| | コメント (3)

2007年5月17日 (木)

寝ても覚めても

楽園のような春の日!とは裏腹に・・・
頭痛に占拠されている。
偏頭痛とはタイマグラへ来てから縁がなかったのに。
寝ても覚めても・・・である。

去年の4月とパターンが似ていて
日記を見ると2週間続いている。
あー3日目・・・。
冬の間の動きが少ない暮らしから
急激に活動し始めたからか・・・。

昨日は息子10歳の誕生日。
リクエストでフルーツパフェと
つぼ焼ききのこ(ロシア料理)
連れ合いはビーツがあったのでボルシチ。

プレゼントにはエッシャーの「爬虫類」の
ジグソーパズル。
ジグソーパズル好きで
精密画好き
そいでもって生物に興味ありの彼には
これしかない!・・・と思ったのだけど。
好みが難しい10歳君気に入ったかな?
エッシャーってオランダ人だったんだ。
1000ピースなのに完成品はA3サイズ。
モノクロで難易度★★★★★!
はりきってとりかかる。

10歳寝言で「難しいから・・・」
パズルの夢でも見ていたか?
私は頭痛にうなされているらしい。

| | コメント (2)

2007年5月 7日 (月)

桜咲く

連休も終わり28日から続いたお客さんも
昨日でひと段落。
皆さんタイマグラ時間を楽しんでくださったかな?
私も疲れも出ず、今日は洗濯、床板修理、
お天気にまかせて動きまわってました。
地元誌の読者の方も何人か訪ねてこられた。
現実をみてどう思われたか・・・ふっふっふ・・・。

「お若いんですね~」とおっしゃってくださった方もいて
ウハウハとしてしまったが、
つまりそんなこと言われて喜ぶあたりがおばさんなのね。
ここんとこ前髪に白髪が1本あり、抜いてたけど
先日2本目発見。
もう抜くのはやめた。
前髪だけメッシュのシルバーってのも
いいかも。

連休中はお花見したり、お客さんとよもぎ摘みして
杵つき餅をついたり、コブシも満開。
昨日はお客さんが帰ってから雨が降り始めたのだが
9歳と自転車で桜を見に行く。・・・がまだ1分咲き。
今日、ようやくタイマグラでも山桜が開花、
ついでにうちの畑の
梅も本日開花。下界とは3ヶ月近く時間差が・・・

そして連休のしめくくりに妹の赤ちゃん誕生!
イネと名づけるらしい。
兄が調べたところあの長崎のオランダの
医者シーボルトの娘がイネ、
それも同じ5月6日生まれとか
日本で始めての産科女医だったらしい。
予定日過ぎても気配なく心配していたら
あっけなく!?産まれたらしい。(つまり安産)
オランダ、イネ、5月6日・・・。

ひとまず母子ともに健康のようでよかったよかった。
連載の版画も6月には復活の予定。
こちらもほっとしているところ・・・。

さーさ私も、畑、連載、民宿、お母さん業・・・
忙しい5月の始まり始まり。

| | コメント (10)

2007年4月28日 (土)

一年を半年で暮らす良い暮らし?

本日は晴天なり。
・・・マイクのテスト中ではないが
ドカンと晴れた連休1日め。
連れ合いと11歳は化石採集。

夕方その化石研究会のセンセイたち8人と化石談義。

日中は留守番の9歳6歳が「自転車!自転車!」と誘うので
タイマグラサイクリング。

途中お友達も誘って4人でサイクリング。
連休でいつもよりも交通量の多いタイマグラ。
子どもたちに交通ルールを教える機会(?)が
なかなかないので、この際!とばかりに
いろいろ詰め込み教育ママの私は
後ろからついて走る。笛がなかったのが残念。

それにしてもなんと自転車下り道の気持ちのよいことよ。
9歳6歳はそのままお友達宅に
そのまま居残ることになったので
朝のうちに作っておいたお弁当を
昼前配達すべく、再び上り坂を
下りの快感のためにひたすら
こぐ!こぐ!

カタクリも家の周りは満開。
布団もずらーっと干して
これぞ春!

連休もなんとか(涙)お客さんが続き
一年を半年(の収入)で暮らすフィールド・ノート
幕開きの予感。

| | コメント (0)

2007年4月18日 (水)

イカ刺はお家で。

若干日も差した午前中。私ってつくずく生物!と思う。
お日様が出ると外に出ずには居られない。ノコノコ・・・・と。
出産間近な妹と合わせるように、妹にもらったスイセンも
あと2日くらいで咲きそう。いよいよ秒読み態勢。
妹の予定日は月末27日なのだが
「今週あたりかも?」とメールをよこした。母の予感?
周辺での出産は久々で、私もドキドキわくわく
オランダは出産をとりまく環境もすすんでいて
経過が順調であれば自宅分娩も
選択的にフツーにできるくらいに
整っているようだ。彼女も家で産むつもりらしい。
私など家で産むと言えば
「なんて野蛮な」と言う人もいたが・・・。
岩手はどんどん産科医がいなくなって
少子化に歯止めなんてなんのその。
田舎では病気になるな
子どもを産むなといわんばかりの環境。
電話が鳴るたび「もしや」と思ってしまう。

スイセンをついつい妹と重ねる。
日中は外に出しているスイセンも
昨晩今晩と冷え込んでいるので
一応プランターを家の中にしまったりして。

スジボソヤマキチョウもヒラヒラ飛べば
私もフラフラ外に誘われ春探し。
風はまだまだ冷たいのだけれど。
カタクリは半開き。あとこんな日が2日続けば
バッチリ咲くだろうが、なかなかお天気が続かない。

午後は小学校の参観日+学級懇談+
PTA総会+歓迎会(夜の部)。
今年一年は3兄弟そろい組みの小学校なので
連れ合いと二人で出席。
二人ともそれぞれ3人の授業を見たいので
連れ合いと15分ずつのローテーション。
6歳ほんとに大丈夫かなぁ~。
極めてアヤシイ授業態度。
黒板消し係りさんはがんばっていた。
9歳は相変わらず努力家。
関心もったことをすぐ調べる研究熱心なところは
私似!・・・ではないな。
11歳良い意味でほんとに少年!の可愛さと眩しさを
兼ね備えている。
永遠にこんな時が続けば・・・とつい思ってしまう。
けど間もなくやって来るドキドキ思春期・・・。

歓迎会9時過ぎ終了。帰りの気温は0度。
6歳はおじいちゃんおばあちゃんの家で既に熟睡。
布団に運んで(連れ合いギックリ腰の予感とか・・・力仕事は私)
今日は私が運転手で会ではノンアルコールだったので
持ち帰った折り詰めで飲みなおす。(というか飲み始める)
泡盛カボス割でイカのさしみ・・・
・・・と、イカの繊維が微妙に切れてなくて
ノドにひっかかった。
グルジ~!!
いやー教訓!歓迎会の席でイカを食べなくて良かった。
タコも固くて苦労した。

今年もつい役員となってしまったが。
どんな一年になるのやら。

先日連れ合いと今年の予定を(決まってるところ)
つき合わせてクラクラッと来た。
夏の週末ほとんど不在じゃない!?
それって民宿は私・・・?
皆様どうぞご協力のほどを・・・。

さっ!ぼちぼち寝なきゃ。
先日9歳が
「ねー7時だけど起きなくていいの?」
って起こしてくれた。
いつも5時に起きるというのに不覚にも二度寝。
「起きなくちゃだめ!」と飛び起き
結局いつもの7時15分に小学生無事出発。
恐ろしや・・・。

| | コメント (4)

2007年3月16日 (金)

悲願達成

味噌玉は頭上にブラブラ吊るされてるし
一旦フクジュソウやマンサクも開花
子どもたちも終了式やら卒園も間近。
私は急遽島根春の陣というのが浮上して
出発前あたふた。暦はもう3月も中旬。

なのになのに3月寒波がんばってます。
これまでラララ気分で冬も体が動いていたのに
気分が春になっている分
寒さぶり返しで体の動きはにぶく・・・・。

そんなドサクサに!?3年越しとなったビッリビリの障子
とうとう張り替えた!!
なぜ今!?と思わず自らつっ込みをいれたくなるような忙しさに。
しかし挑戦してみたくなってしまう悲しい性。
やってみりゃ3時間たらずのことだったのだけど
この3時間を生み出すことができなかった・・・。
というかやる気を生み出せなかったのか。
協力してくれた(巻き込まれた)連れ合いに感謝。

張り替えたといっても入り口の1間ちょっとの2枚分。
まだまだあるぞビリビリの障子。
それでもそれでも部屋は何だか明るくなるし、
私の悲願もかなって心も軽く~。
ま、これくらいのことが悲願か・・・とふと思わないでもないけど
やっぱり嬉しい。

子どもたちにはもったいぶって
「何か変わったと思わない?ね!ね!」
と前置きして部屋に入れたのだけど
キョトン。
そんなものなのね。子どもたち・・・。
そんな無意識のうちに障子もやぶられていくのだろうか。

| | コメント (6)

2007年3月 8日 (木)

「無」になって息抜き

今日も雪が舞っていた。
ガラス越しに見ながら台所仕事をしていたけど
いつの間にか降る雪に吸い込まれるように眺めていた。

雨や雪を眺める時間。
ふっと「無」になっている時間が何だか嬉しい。
「無」になるとき。

本日の「無」は、煮干の頭とハラワタをとり
焦げ付いた鍋をステンレスのタワシで
磨いているときうまれてきた。

もちろんはじめは確固たる信念をもって
それらに取り掛かるのだけれど
いつのまにか「無」になっている。

禅宗のお坊さんやヨガの行者が瞑想して
無になる感覚を、私は知らないけれど
家に居ながらにして、それも家事をすすめながら
無になれるなんて何だか得した気分。

・・・決まってそういうことをするときは
優先順位でかなり早急に
やらなければならないことが
ある時、とわかっているのだけど。

私のメールソフトも昨日ちょいとトラブルで
設定から友人知人のアドレスから全て無になった。
パソコンよあなたは息抜きしなくていいのに・・・。

| | コメント (0)

2007年2月 7日 (水)

家族に乾杯!

何だかこんなタイトルのNHKの番組とかがあったようななかったような
ちょっとくすぐったい本日のタイトルなのだけれど…。

「家族に乾杯!@ポレポレ東中野」として
伊勢真一監督・プロデュース作品5作品を
2月10日から3月2日まで公開。

伊勢さんは「タイマグラばあちゃん」のプロデューサーでもあり
「タイマグラばあちゃん」はこの期間毎日18:50~。
見逃した方!もう1回見たい!って方
(2回!3回!ももちろん歓迎)チャンス。

ポレポレで今回も上映される
伊勢監督作品「奈緒ちゃん」シリーズの第三弾
「ありがとう」を昨年秋に観る機会があった。
てんかんと知的障害を併せ持つ奈緒ちゃんの成長の25年の記録。
奈緒ちゃんの自立、弟記一くんの成長、
お父さんの定年、お母さんの第二の人生。
私自身のこれまで、そしてこれからと重ねながら
信子さんの優しい眼差しとしなやかな強さを感じた。

映画の前日は伊勢さんのお姉さんであり、
お母さん西村信子さんがフィールドノートに来てくださった。
映画の中と同じ優しい声で
わが家の息子たちにたくさん歌をうたってくれて、
クマにドキドキしながら縁側伝いに
お風呂にいってもらったり楽しい一夜だった。
いつの日か奈緒ちゃんやピグレットの皆も
タイマグラに遊びに来てくれるとうれしいな。

家族と言ったって一波乱、二波乱それぞれほんとにイロイロあると思う。
血のつながりだけでなく。だって夫婦って血は繋がっていないわけだし。
どんな形であっても子どもにとっては畑の土のような場所なのかな~。
昨年知人に
「かに座は家庭を愛し、しし座は家庭を壊す」という話になりギクリ!
連れ合いかに座、私しし座・・・。
まーね。星占いなんて疑わしい!ハハハと笑いながら、
妙に心にグサッときたりして。

あー今夜も乾杯だ!

| | コメント (8)

2007年1月24日 (水)

忘れっぽいの

忘れっぽい。

冷蔵庫の扉を開けて
何を出そうとしていたのか忘れる。

去年の秋雑誌の映画評を読んでいて絶対観たい!
と思っていた映画のタイトルを忘れた。

かつて毎晩のようにかけていた電話番号も見事忘れた。

忘れてしまうのは、その程度のことでしかないのだろうか。
寂しいような気もするけど。
ごく私的なことを私の責任において忘れたのだから
無念だけれどどうしようもないな…。
忘れたくないこともこの先忘れていくのだろうか。

でも忘れちゃいけないこともやっぱりあると思う。
肝に銘じておかなくてはいけないことが。
50年前の水俣。60年前の広島、長崎。
たくさんたくさん忘れちゃいけないことがあって…。

今また青森・六ヶ所村で繰り返そうとしていること。
お隣の岩手だから、海続きだからということを越えて
生命体のある場所ではやってはいけないような気がするんだけど。

水俣で、広島で長崎で死んでいった人たち
苦しんできた人たちになんと言えばいいんだろう。
「忘れちゃったんで、またやっちゃいます」
言えないです。

忘れっぽい私が言うのもなんだけど。

| | コメント (4)

2007年1月17日 (水)

ただいま

一昨日タイマグラへ帰ってきた。
寝台車で東京そのまま新幹線へ。
昼過ぎにはタイマグラに着いた。
暖冬と言っていたが本当に雪もまばら、気温もプラス値!
そして水が凍っていない!!!
もう私はそれだけで心躍る。

昨年など9歳と先に戻りがっちり凍ったホースを
雪の中から掘り出し回収して
沢につけ・・・と一人作業しているうちに涙が出てきた。
寒さに?未熟さに?

水が使えることのありがたさでもアフリカなんかで、
家から遥々離れた井戸から
水を運んでくることを思えば
うちなど目と鼻の先に沢はあるのだけど。

ありがたしお水神さま!
あらためて感謝してタイマグラでの新年が始まる。
水の出ない日にも動じない強さがほしい。
淡々と暮らす力を身につけたい。

子どもたちは寒さももへっちゃら。
暗くなるまで外でそり遊び。
雪はないので氷の上をすべっている・・・。

| | コメント (2)

2007年1月 2日 (火)

ズルズルッと今年もよろしく

いろんなことをひきずって
いろんなものをかかえこんで
新しい一日がはじまる。

ある朝目が覚めたら、すっきりさっぱり
新しい私になっていたらって…って。
今は思わないけど
そんなふうに思うこともこれからあるかもしれない。
全てをひっくるめて
受け止めていかなければならないんだろうな。
今はぼんやり覚悟だけはしておこう。

これからもいろんなことをひきずって ためこんで
ズルズルッとやっていくんだろうけど・・・。

もしかして年越しそばは、
そんな自分を再認識するために
ズズズッと食べるものなのか。

今年は 今年こそはと
1年の始まりに思うのもいいのかな~と思いながら
何の決意もないまま2007年がはじまった。

でもこのズルズルッとやってきた年月が
愛しくもあるわけでリセットなんてできなくて…。
つまり古いタイプのヒトなのね。

新しい朝が 新しい一年がまたズルズルッと
迎えられることに感謝。

明けましておめでとう。

| | コメント (2)

2006年12月28日 (木)

贅沢な暮らし

年末になって秋に取材に来た雑誌の掲載号が次々届いた。

一つは「BE-PAL」(小学館)。
ビーパルの中でも更に二つのコーナー、
夏に訪ねて下さった
旅人ライターのシェルパ斉藤の連載と
「野の人」というコーナーでの連載に登場。
偶然「フィールド・ノート」が重なってしまうことに。

もう一つは
住む。」(泰文館)
家は単なる入れ物ではなく、住み手と共に育つ場、
生き方の表現の一つとしての家…。ってなことを紹介している雑誌。
それにしても毎回素敵な暮らしが登場するものだから
少々躊躇はした。
ただインテリア雑誌ではなく
「生き方の表現…」そんな意味では、屋根と壁で雨風しのぐ、
ヒトの営みにとりあえず必要な家の役割、
シンプルに「生きる」という点で十分(でもないか?)
果たせているとは思う。
張り切る6歳が随所に(笑)登場。

あと「うかたま」引き続きもう一年連載。
文章の反応はあまり聞こえてこないけど
妹の版画は好評。私もそう思う(姉バカ)。

お土産に掲載誌を持って
2日前から松江に帰省しているのだけれど
町の中でタイマグラの写真を見てると