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2016年8月31日 (水)

台風 追記

一時インターネット光回線が不通だった
タイマグラ。
復旧したと、帰省中の姪っ子ちゃんから連絡。
県道25号線が無事で
盛岡・花巻方面にタイマグラ
繋がっているとのこと。

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台風

台風10号、とんでもない破壊力で、
通り過ぎた。

昨日トミザワさんを見送った
国道106号線、
仙台へと向かう途中経由した遠野までの
国道340号線、
そして県道25号線
昨年末から脱線事故で運休の山田線も
追い打ちをかけるような土砂崩れ。

昨日の朝、連れ合いは仙台から
埼玉へ夜行バス。
私はそれを仙台まで見送って
山形の19歳のアパートに車を置き
今日バスで
仙台→東京→松江そしてフェリーで
隠岐へという列島大移動。
16歳の学校の面談と学校行事で
30日出発の予定にしていた。

仙台午後3時過ぎには
山形との峠道が通行止め。
台風と離れるべく、
福島寄りの白石から七ヶ宿経由で
山形入り。
途中川の増水はあったものの、
山形は穏やかだった。

タイマグラの皆は無事とのこと。
ひとまず安心。

川井、江繋の集落が心配。
川沿いに並ぶ家、
高齢の方々。

わが家は
流されずに
浸水せずに無事かは
また追ってご報告を。

台風にばかり気をとられてたら
隠岐へのフェリー、今日は全便欠航だった。
明日の波予報も微妙な4.0m。





昨日の七ヶ宿の休憩で



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2016年8月27日 (土)

夏の終わり

あっという間に駆け抜けた夏、
熱く濃く深く過ぎた。
クルミの葉が黄色く風に舞う。
ツユクサのブルーが鮮やか。



この夏も嬉しい出会いに恵まれたフィールドノート。
常連さんも、そして初めての旅人さんも、
日本のあちこち、そしてイギリスからも訪ねて下さった。
ひと時をご一緒できたことに感謝。



16歳も元気に島の高校で2学期が今週からスタート。
今夜は島のキンニャモニャ祭りで踊るのだとか。



久しぶりにお客さんもなく静かな一日。
雨がシトシトと降り続いた。
これまでみたいに雨降りの日のムッとした熱気はなく
ウールのカーディガンを引っ張り出して着ると
ホッとするような日だった。



森に暮らすことを薄っすらと考えるミホ子さん、
翌日は森を訪ねる旅を続けるナカムラさん。
ここで暮らし続けられる奇跡のような日々を、
私もあらためて感謝しながら
彼らと過ごす時間。



さて、8月誕生月の私、
待ちに待ったプレゼントが今週届いた。



砂利。



これまで来るものを拒む、
いや、来るものだけでなく居るもの(私)も
拒んでいるようだった駐車場の水たまり。
車からも悲鳴が聞こえていた。
雨が続くと、もはや池と呼びたくなるような状態。



大型トラックで運んでくれたのは
女性ドライバー。素敵なお姉さんだった。



私も頑張らねば。
というか頑張らないと
翌日ナカムラさんを送る車が出せない。
砂利が届いたのは夕方4時過ぎ。
早速砂利山崩しにとりかかる。



「手伝いますよ」
ナカムラさん申し出て下さるも
もうお風呂も済ませて、サッパリスッキリ気分なのに申し訳ない。
「大丈夫です!」と元気よく私。



エッサ!エッサ!
しかし時間との闘い。
そして筋力はないし、引き続き腰痛…
そこへ再びナカムラさん登場。
「手伝いますよ」」
今度は靴も履き替えて
スコップを持っている。



もしかしたら長袖シャツの下は
胸に大きくSの字が書かれたTシャツだったかもしれない。
ちょっと眩しく見えた。夕日を背に現れたし。
夕飯も出てくるか心配させました…。



私「…じゃ、ココとかアソコとか」
エッサ!エッサ!エッサ!…
ほどなく車も通れるようになった。感謝!
お風呂にもう一度入っていただきました。



台風10号の動きが気になる。
来週は面談と学校行事で隠岐へ渡る予定なのだけど。
山形→東京→島根。
列島移動しますぞ。
どこかでお会いすることになるのかなぁ。









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2016年8月12日 (金)

楽天家

私、基本楽天家である。私を上回る楽天家の連れ合いのおかげで、若干影は薄いのだが。 「あーよかった!」だの「ちょーどいい具合!」と、発想する癖と言うかなんと言うか。まぁそうでなくっちゃ、タイマグラで暮らしていけなかったかな、とも薄っすら勘付いてはいる。
良かった探しは、松江の祖母に由来していると思う。5年前の冬、当時危なっかしくも、叔母たちのサポートで一人暮らしをしていた97歳の祖母を訪ねた時のこと。私が現れるや「あーよかった!」と言う。何かと思えば「今、二階で洗濯物干し終わったところなの。見つかったら現行犯で、叱られるとこだった」。茶目っ気たっぷりに言った。階段が危ないので、二階に行かぬよう言われていたけど、まきストーブで吹き抜けの家の二階は、洗濯物干しにはうってつけ。

こんなこともあった。まだわが家の三兄弟が幼い頃、私の兄たちの子も同年代のそれぞれ三きょうだい。大賑わいでお年始に押しかけ、祖母が作ってくれたおぜんざいをいただいていると、誰かが「バシャーン!」と、ひっくり返した。とっさに祖母は「あーよかった」と言う。どこが?と思った次の瞬間「…お膳の上で」と。一同おばあちゃん、凄いなぁと思った。良かった探しも年季が違う。

「お盆頃かな」。日頃からお年寄りを看取ることの多い父が8月に入った頃言った。102歳の祖母、10日の夜、天へと旅立った。79歳の母を頭に5人の子どもたちが揃って元気に、思い出深い家で、その最後に立ち会えるなんて、本当に最後まで幸せだったと思う。きっと「あーよかった」と半世紀前に先立った祖父と会えたかな。

19歳16歳、連れ合いと私の四人、山形朝日連峰の大朝日岳へ出かけた。久しぶりの小屋泊まり。

今朝6時から歩き始め、お昼前に無事下山。電波の入る所まで来て、祖母が天へと旅立ったことを知った。
14:04発、山形から新幹線乗り継いで、岡山から特急の最終で松江入りできることがわかった。お盆の帰省ラッシュを覚悟してたけど、これまた絶妙なタイミングで自由席に座れてしまった。帰ったらお客さん、申し訳ないのだが、連れ合いの仕事を入れてなかったのも、お手伝いの達人16歳が帰省しているのも、原稿を二週分書いていたのも「あーよかった」。一人新幹線に飛び乗る。
ただ三兄弟それぞれの場所に巣立った今年、9月海士町の高校に行くのに合わせて、松江でいくらかでもお手伝いできるかなと、帰りの日にちが決まらず、切符を買っていなかった。遅かった。年々岩手へと帰る日、祖母との別れ際は、こみ上げる思いを抑えられなかった。「夏の終わりに来るからね!」と、手を握ったのが、お別れになってしまった。それは、私の都合でしかないのに。
さ、新神戸まで来た。次は岡山。





安らかに安らかにと日本海に沈む夕日を見ながら祈り、
安らかに安らかにと今朝の朝日にも祈った大朝日岳の山頂から。山小屋の管理人さん、「こんなに綺麗に見えるのは、久しぶりのことだよ」と。

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