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2012年12月31日 (月)

具だくさん盛りだくさん

残るはお節、かまぼこの飾り切り。明日にしようかな。
(byクックパッドいろいろあるのね3種類ほど採用)
久しぶりの母なしお節の用意も楽しかった!
ちときび砂糖のきんとんは色が悪かったが・・・。

年賀状は残り40枚ゴールはそこまで。
年末大掃除は図らずもプリンター。
もしや版画か!?と頭をかすめたが、何とか印刷できた。

昼は手抜きのインスタントラーメン(スマン)
罪滅ぼしに、わかめやコーンやねぎ、ゆで卵やら
伊達巻に残ったはんぺんやら
冷蔵庫の掃除も兼ねて具だくさん盛りだくさんラーメン。
と、15歳「この中で『激落ちくん』はどれでしょう!」
うーんはんぺんの中に1個くらい『激落ちくん』混ぜといても
年末らしかったけど・・・って入れてませんっ!

早めの夕飯は12歳によるカレー。
最後の最後まで大掃除やら小掃除やらコーヒーバリスタまで
よく働いた大賞は12歳に。

15歳は1、2日と勉強をお休みにするとかでピッチ上げた大晦日。

さてと年越し蕎麦グッズ持って(?)
ジジババ宅で紅白観戦といきますか。

本年も沢山の出会いに感謝。
ありがとうございました。 
2013年もずずずいーっとよろしくお願いいたします。

久しぶりにタイマグラで迎える静かなお正月、
早池峰を染める初日の出を見ることはできるかな。

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2012年12月28日 (金)

…みたいなこと

ビシバシ冷えてる。
昨日は最高も最低もほとん変わらずの氷点下8度。
宮古でさえ氷点下4度だった。
さすがに宮古は積雪なし。

こんな時は呪文のようにオイミャコン・オイミャコン…。
かつて氷点下72度を記録したサハ共和国の町。
氷点下50度なんてフツーのことさと。

昨日はあまりの冷え込みにスカート履いてるか不安になって
めくれ上がってないか時々確かめたりした。
幸い大丈夫。ただひたすら冷えていた。

冬休みに入った17歳、友達二人連れて帰宅したものの
3泊して花巻でライブで友達の家へ。
そして青春18きっぷで花巻発松江へ。
今年はわが家を代表して帰省。

東京経由ムーンライトながらで日付が変わり
33時間かけての松江入り。
青春17きっぷだなぁ。
満喫しているはず。
大垣夜行時代に満員でおじけづいて乗りそびれて以来
まだ果たせずにいるムーンライトながら。
いつの日か母も乗るぞ!

今宵は今年最後のお客さん東京のイトーさんと。
沈みゆくトーキョーとニッポンを憂いて
プレミアムモルツなどで乾杯。
ストーブに暖まりながらのビール美味し。

予約の電話をもらったときのこと。
いつも夏のタイマグラのイトーさん
初の冬タイマグラ
私が「寒いですよ」と言うと
イトーさん「寒いって言っても冬のテントよりはマシでしょう」
と言われ
「・・・」
即答できなかった。
テントの方が暖かいかもしれないとふと思ったりして。
ま、今時これだけ寒い体験ができるのは貴重なことである。

15歳願書も用意して学校に預けた。あとは心置きなく勉強…。
・・・のはずだが、とにかく12歳と仲が良いのも考えもの。
昨日終業式の12歳と本日は遊んでは勉強し勉強しては遊び。

12歳もググッと大きくなり160センチを越え
ランドセルが小さくなった。
先日小選挙区の話をしてて
選びようもないのに、この中から誰か選べと言われてもねぇ。
ってな話になったら12歳
「ということは、うんこ味のカレーと、カレー味のうんこと、
どっちかを選べみたいなこと?」
うーん、まあねぇ。
12歳も大変な国で生きていくということを
薄々感じているのだろうか。

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2012年12月 7日 (金)

グラグラ…

久しぶりの強くて長い揺れ。
15歳帰ってくる直前で心配してたが
無事到着。バスに揺られてて
わからなかったらしい。
こちらは落石でもあったらと心配していたのだが。

15歳もメールが40分後に届いて一安心。
一関揺れるところだし。ふー。

まだまだまだまだ地球の時間では「こないだ」
の出来事だ。
地震も怖かったけどNHKアナウンサーの
「東日本大震災のことを思い出してください!」
の叫びが怖かった。
ほんとに。

沿岸の皆々さんはもうたまらない怖さだったと思う。
釜石のじいちゃんたちは大丈夫だっただろうか。
いつでも地震・津波いやだけど
冬はやめて!夜はやめて!

昨夜は沖縄の多良間島から
宮古市へやってきた、小中学生の歓迎会で宮古のホテルへ。
まさに狭い駐車場でえっちらおっちら切り返ししていた
24時間後の地震…。

多良間島からは今月4日から滞在で今朝出発だった。
多良間の子たちは那覇くらいまでは戻ったのかな。
地震にあわなくて良かったよ。

多良間村と宮古市は姉妹市村(都市ではない)で
毎年小中学生8人が相互に交流しているのだが
今年はウチの12歳白羽の矢。年明けから沖縄行き。

沖縄本島に行く機会はあっても
多良間島まで行く機会はそうないだろうから
たくさん体験をしてきてほしい。けど
平らな島というのが一番の心配。
避難場所とか訓練の様子とか
せっせと調べている最近である。
そんな矢先の地震。北朝鮮もややこしいなぁ。

今回は17歳の韓国交流の時みたいに
交換受け入れではなく
宮古市内の小中学校が担当。
タイマグラには雪があったんだけどね。

姉妹市村のきっかけは
150年前、宮古の漁船が遭難して
多良間島に漂着して助けられた史実にもとづく。

「雪合戦ができなかった・・・」と昨日言ってた多良間の子
きっと朝盛岡へ戻る途中の区界高原で真っ白な世界を
見ることができたんじゃないかな。

こちらからは1月7日出発。その日は那覇まで、
3日ホームステイで帰りも那覇1泊の東京経由。
大移動になる12歳、温度差はいかほどに?
冬の天候はあまりよくない沖縄だけど
青空に映える海が1日くらい見られるといいね。

そこにしかないものを感じてきてほしい。

15歳もこれまた遠い所へ3年間行く予定。
これはもうある意味しょうがいないな
心配しても。
自分の身は自分で守ることを思いながら
生きていってもらうしかない。
人が少なめのところのほうが
2次的な被害は防げるとは思う。

11月からのお客さん続きが先週ひと段落したところで
風邪ひき。そして副鼻腔炎。(by自己診断)。
もうズビズバのグズグズズ…。
ツボ療法、里芋湿布、
洗面器にお湯はってのアロマスチーム。
ネギを鼻に突っ込むのはやめておいた…。
ようやく峠は越した感あり。

昨日予約してた隣町のガッシー画伯も
風邪でキャンセルだった。お大事に。
また復活したらミニ凧、教えて欲しい。

今朝、起きてすぐラジオつけると
斉藤和義の歌うたいのバラッド なんかが流れてくるもんだから
ぐっときた。
あの鼻声はヒトゴトとは思えない。

金曜日の夜だけどノンアルコールで
おとなしくしておこう。

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