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2012年1月16日 (月)

ガボッと

小学校今日から3学期。
最後の最後に、ポロポロと出てくる出てくる宿題。
冬の五七五、日記、本紹介…
ひとつひとつは本人にとっては小物のつもりだったようだが。

5年生だし11歳の「大丈夫です!」
という言葉に、こちらもノーマークだった。
うーむ。
やはり昨夜は長期お休み最終日恒例の
ねじり鉢巻姿が登場した。

それでも夜10:00には
「お騒がせしました!」
と一応終わり。

昨夜年末にもらったクラス便り読み返していて思わず笑った。

始業式当日の持ち物
   上履き、宿題、通信簿・・・
それはいいのだけど

始業式翌日の持ち物というのもあった。
   給食着、昨日提出できなかったもの・・・

先生のお気持ち、お察しいたします。
やはり始業式に持って行くのと
翌日に持って行くのでは
そこには大きな違いがあるよなぁと
自らの子ども時代思い出してみたり。

14歳冬山訓練と称して
週末は家の前でテントを張って連れ合いと一晩を過ごす。
思い出してもさみーよー。
おそらくマイナス7度くらいだったのではないかな。
日中お茶に招待されて入ってみると
強風の一日風でバコバコ鳴るものの
日もあたって意外な暖かさ。
しかし連れ合いの20年もののノースフェースのテント
防水があやしくて
中にレジャーマットやらウレタンマットやら敷きまくる。

恋に恋するってなもんで
山に焦がれる…てなかんじの14歳。
怪我しない程度に怖い目にあってほしいものだけど。

そんな14歳をよくやるわ…と呆れていた本日
お昼に帰ってきた11歳と午後からお散歩、
近くの池の氷を確かめたいというので行ってみた。

「危ないよ 危ないよ」と言いつつ、意外に分厚い氷で
石を投げ込んでもへっちゃら。
「おっ行けるねぇ」と私も一緒になって池の上。
ちっちゃいスケートリンクさながらすべって遊ぶ。

さ、ボチボチ戻ろうかと
池に降り立ったのとは逆の方向に這い上がろうと
思ったところが…。

「ガボッ!!」

家までの15分を二人ズコズコ靴に入った氷水を
鳴らしながら帰った。
頭の中ではガボットが流れていた。

さすがの防寒ソレルのブーツも
池の中には適しておりませんな。

パンを焼いたり、漬物仕込んだり
いつもの冬の勘が戻ってきた。

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2012年1月 9日 (月)

ただいま!

あっという間に松江での時間も過ぎ
タイマグラへ帰宅。

ヒトの作り出した「豊かさ」の危うさ脆さを思い
豊かさや恵みを与えてくれる自然の牙を見せつけられ
そんなこんなをひっくるめて
それでもここで暮らしていること、
今日も元気で過ごせることの不思議と感謝。
未整理な頭の中、新年を迎えた。

松江への一年分のご無沙汰の挨拶をかねて
あちこち掃除したり、顔だしたりしてるうちに
過ぎてしまった感。
念願の靴屋さんと幼なじみとも共に再会。

兄一家、妹たち全員集合でにぎやかなお正月
個性豊かな姪っ子甥っ子の成長も眩しかった。

最終日は私の育った益田市へ。
松江から更に西へ160km。国道9号線をひた走る。
もっと大きいと思っていた建物が
こんなに小さかったかな。
日赤病院が見えたときには
「おー!」って小さく叫んだ。
病院裏に張り付くように社宅はまだあった。

バトミントンの羽が屋根に上がって取りに行ったり
病室を鏡で反射させたことも。(ごめんなさい!)
双眼鏡で病室のテレビを盗み見したり。
危険なゴミ捨て場でいろいろ拾ってきたり
霊安室の横をドキドキして下校してきた。
いろんないたずらの記憶がよみがえった。

そんな懐かしい益田へは
映画「森聞き」を観るためでもあった。
懐かしい人たちと一緒に映画を観、
中国山地の生き物や暮らしをたどる
至福の時間。益田弁をシャワーのように浴び、
柴田監督ともようやくお会いすることができた。
岩手での再会を約束。
連れ合いは澄川カントクの結婚式で
若かりし日会っていたらしいのだが・・・。

昨秋NHKで放映された宮崎椎葉村の
クニ子おばばの焼畑の番組拡大版で
1月28日にはNHKBSで放映とのこと。
森には未来がある。

松江の家の柱に貼り付けたスケールで
子どもたちの成長を記して年月を実感する。
そして11月に怪我して松葉杖な母やら
98歳の祖母は元気ながらも
昨年より明らかな変化があり
父のお酒は未だ健在ながらも弱気発言ポロポロ。

駅まで2分と近い実家ながら
母は松葉杖だし父は寒さで脳卒中にでもなったら大変と、
家で「じゃまたね」と握手。
年々島根への距離のもどかしさを感じながら
ま、何とかなるでしょ。と寝台車に乗り込む。
父から持たされた缶ビールで、
一人新年会。

今朝はサンライズ出雲で東京に着いた後
新幹線はやぶさ
(もちろんグランクラスではない)に乗って盛岡へ。
16歳とは仙台で別れる。
仙台から16歳はやまびこで一ノ関と言ってたのに
寝ぼけてた私、
下車の準備してる16歳に
「学校見える?」とか「あの川が磐井川?」だの
完全に一ノ関に着いたと勘違い。皆々を呆れさせる。
「まだ仙台ですけど…」
ギターと教科書ずっしり担いで降りていく。

盛岡着後は山田線が来るまで
原稿を書くつもりの図書館でもひたすら居眠り。眠い。

明日はまずは凍った水の復旧と原稿。
14歳は宿題&テスト勉強。
もちろん11歳も宿題ほどよく残している。

薪をとりに外へ出ると
キリリと冷たい空気に月明かりで辺りが青い。
満月だ。
そしてユサッと地震
「お帰り!」と岩手の大地も迎えてくれた。

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