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2009年9月28日 (月)

代休

9月中旬に締め切りだった「うかたま」
週末に終わる。まとまった時間がとれず
随分遅れてしまった。途中で内容を路線変更したり。

版画を担当してくれている妹から
お叱りの電話が今日あたり来そうで
少々ビビッている。
気になってきたあれこれをすすめよう。
まずはニンニクの植えつけ。

昨日は子どもたち盛岡でマラソン大会のため
今日は代休。

5月運動会の代休で12歳のクラスメイトが
タイマグラに遊びに来た様子を
9月発行の「うかたま」のエッセーの中で紹介したが
(『連係プレーのイワナ釣り』)
今日はその2回目。

でも今回は釣りはしないとか。

前回ドンドン釣れたトーマ君と
その横で一匹も釣れないハルキ君がいた。
ハルキ君も
その悔しさ焦りがあるだろうに
「トーマ君すごいなぁ~ オレ何でだろう~」
そんな状況でもめげることなく
糸を垂れ続けていたのであった。
トーマ君も得意がるでもなく
むしろハルキ君を気遣っているような。

今日はハルキ君のことを思ってか
トーマ君、竿を持ってこないと決めていると聞いた。

クラスは男子6人女子1人
スタンドバイミーの世界のような人たち。
歌が上手な子、神楽が好きな子、
長距離走が得意な子、鳥が好きな子…
皆素敵な宝物をもっている。
そして友達の良いところを
素直に良いと認め合える人たち。
なかなかできそうでできないことだ。

今回は担任のセンセイが
下の集落からクラスメイトを乗せて
一緒にやってくる。
2年生からお世話になっている。
このセンセイもまた、
いつも子どもたちと一緒にいることに
喜びを感じている人なのである。

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2009年9月25日 (金)

「ゆ」

9月の連休も賑々しく終了。
福島只見からは「週刊金曜日」の連載で記憶していてくだり、
「うかたま」そしてブログからヨシヤマ先生、カワノ先生…
何だか出てくる出てくる共通項…のご夫婦。
甲斐犬、いい子たちに会わせてもらいました。

千葉からの男子3人連れのファミリーは2年ぶり。
お母さん仕事を辞めて助産師の勉強。
私の憧れの職業ナンバーワンは助産師。ガンバレ!

毎度常連さんのおしどり夫婦ナイトーさん
プラス笛吹き原ピーさん。
本日誕生日かしら?同級生陽子さんおめでとう。
ウルっと多摩蘭坂、おいしいコーヒー
いろいろありがとう。
神楽にも出会えて良かったですね。

連れ合いの高校の同級生呑べぇーセンセイ
(スゴイあだ名スミマセン)は15年ぶり。
縁側から人生を振り返っていただけたでしょうか。
是非今度はゆっくりと。ギターステキでした。
そしてウシロさん国道沿い「クボタ」の看板が
気になってしょうがありません(笑)。
ヤンボーマーボー天気予報と間違えてゴメンナサイ。
お二人ともお体お大事に。

昨年の新婚旅行から1周年を迎えた
イシゴーオカ夫婦おめでとう!
ソバ道極めてください。

「ソトコト」を見てやって来たお客さん第一号は
親と同世代の3人連れの方。感謝。
こちらも刺激をいただきました。
よい山(麓)旅を続けられますよう。

そしてこの連休
「タイマグラに行こうか」と珍しく父が自発的に言ったというので
松江から来てくれた両親にもスペシャルサンクス。

電話があった今月初め
「忙しいからだめでしょ」って即断った私。
直後に子どもと連れ合いから猛抗議。
「せっかく来たいと言ってくれてるのに…」

本当に来てくれてありがとう。
いつでも来て欲しいのです。本当は。

両親は隣のバンガローを借りて3泊。
2日目辺りで早く文明社会に帰りたいという父。

タイマグラに行きたいのもホントだし
また住み慣れた文明社会に帰りたいのもホントよね。
ありがとう。
キンチョールはボトルキープしておきます。
来年も是非。

連休最終日は民宿お休みして
わが家の迎賓館花巻大沢温泉自炊部へ。

着替えと本だけもって家を出るも
生姜、漬けもの、米…、忘れ物あれこれ。

途中大迫のワイナリーで父はエネルギー補給。
たちまちゴキゲンに。
仕入れた白ワイン、甘口だったけど
とっても香りがよく、おいしかった。
お風呂、酒、本…完璧。
…1時間はコインランドリーでの読書だったのだけど。

大沢温泉看板のロゴ「ゆ」の字は
相田みつをだったのね。ナールホド。
何だか重たいモノが
背中に張り付いちゃった感じでがっかり(笑)。

連れ合いにあの字は誰でしょう?
って私が意味あり気に聞くもんだから
「岡本太郎?」って…。
見るからに違うでしょ。

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2009年9月16日 (水)

「ハンカチもってけ週間」

先週末は中学校それぞれの部活の新人戦
宮古地区予選で、5:45タイマグラ発の2日間。
14歳からは「応援には来なくていい!」宣言。

剣道の応援は難しいのである。
声援は、無しらしい。
勝ってもガッツポーズとかもないとか。
よく理解できない世界。
そもそも私には判定がいまいちわからない。
決まった!と手を叩こうとしたら違っていたりする。

その日は12歳が鳥見のため東京一人旅の
盛岡送迎も重なり
応援には行けなかったのだが。

剣道、結果は
「ボコボコにやられた」
らしいが、それもまた経験。

週明けての代休は
これでもか!的にのんびり過ごしていた。
1日目は連れ合いと二人石とリ。
14歳をダシに、連れ合いが出かけたかった…
と、思えなくもないのだが
まぁ14歳もまんざらではない鉱物採集。
金(ゴールド)を狙うも水晶。
でも立派な水晶で、満足顔の父子ではあった。

翌日は11時ごろまでゴロゴロ。
電卓片手に「計算力がグングンつく本」
とか「一生モノの勉強法」などを読んでいる。
そんな時間があれば学校の宿題・・・と口に出かかるが
やめておく。

ちょっとした大工仕事を手伝い
弟たちが帰ってからは宿題の邪魔をして
夕方現れたクマを縁側から撮影
MP3プレーヤーでFM局受信のため
部屋にアンテナ張り巡らし、録音方法を探るも確立せず
ウクレレ弾いて…。

ま、これまでの学校、部活の日々を思えば
そんな時間も必要だね。

夕食が終わり8時過ぎ
ようやく決意が固まり、勉強が始まる
今朝は5時に起きて続き。
布団をたたもうとしたら、
「二度寝するからそのままで…」
6時からの30分ホンキで寝ている。
ふー。

新人戦予備日だった本日もお弁当。

朝のスクランブルな時間、7:05車に乗り込み
7:10発のスクールバスに間に合わせるべくエンジンかけつつ、
ハンカチ持った?ティッシュ持った?
と子どもらに聞く。
「あ、ハンカチ持ってけ週間だった」と14歳。

周辺に迫り来る新型インフルエンザに備えて
手洗いうがい励行。
よってハンカチ持ってるかを調べるとか。

ハンカチを取りに戻ると、なんとお弁当も忘れていたらしい。
おいおい。
往復50キロ近くある中学校。
「お弁当忘れても持って行かないからね!」
と、今朝はあれほど言ったのに。
何より食い気で胃袋に穴が開いているような14歳
お弁当を忘れるようではまだまだ。
「ハンカチ持ってけ週間に感謝ですな」と私。

最近ずいぶん理詰めで迫ってくる14歳である。
感覚人間の私の矛盾などを鋭く突くこともあったりで
危うい場面もあるのだ。

12歳は12歳でいろいろある。
明日行われる村の小学校の陸上記録大会、
応援やらボランティアやらで私も行く予定。
6年男子100m走、どうしたことかかなり期待できそうなのだとか。
(人数も少ないのだが…)。
リレーなんて泣くかもしれない。
しかし
「ゼッタイ声出して応援しないでよ、オレ死ぬよ!」。
簡単に死ぬな!

なかなかお年頃な人たちである。

毎月20日発行の9歳の「ドラえもん新聞」。
先月号のクイズの答えと意見、感想を
壁に貼り付けてあるご意見箱に入れるよう
9歳からは毎日のように催促されているのであった。
今日こそ書こう。9月号の発刊も近い。
マニアックで難しいクイズなのであるが…。
もはやカワイイことをしてくれるのも9歳だけである。
今しっかり繋がっておかなくて、いつ繋がる…と思うのだ。

そして上二人は、まさにこれまでの繋がりを
問われ始めている。

「12歳君もジュシンキだね」とクラスの男の子に言われたという。
ジュシンキ?何を傍受するのやらとその友達に尋ねると、
「ほら、自分で自分のこととかが嫌になるようなことだよ」
と言われたとか。
ふーむ。ある意味鋭い解釈。
それって思春期のことかとわが家の12歳が言うと
「そうそう…」。

声も裏返り、身長もスラリと伸びた12歳、
14歳とはまた違い、思ったことを
じっくり内に秘めるタイプのようである。

一人旅をして、行った先でも温かく受け入れてもらい
無事に帰宅。
笑顔の中に不安が隠せない盛岡駅出発から
満面の笑みでの帰宅。
大きな成長をした24時間だったことだろう。
「鳥旅ノート」コツコツまとめている。

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2009年9月10日 (木)

ちゃぶ台

先日県北久慈に住む友人のタコー君が
家具を作り始めたというので
ちゃぶ台を持ってきてくれた。

私が来る前からのお客さんであり友達。
田舎暮らしを模索しながら大工の修行をしたりしながら
わが家の縁側の延長と脱衣所、お風呂場、
トイレを作ってくれた大工さんでもある。

わが家にも松江の家からやってきた年代物のちゃぶ台があるのだが
如何せん足の折りたたみの止めが甘く
はからずも星一徹になってしまう。
あ、あれはちゃぶ台返しか
家のは逆、カタンと片足が落ちてしまうのだ。
どちらにしても危なくてしょうがない。

さっそくタコー君のちゃぶ台生活が始まった。
非常に使い勝手がよい。

デザインの素敵な家具ももちろん良いのだが
値段がどう考えても無理なのである。
その点値段も手ごろでこういうシンプルな無垢の木を使って
きちんと作られた
ちゃぶ台や本棚って意外にないものなのだ。
タコー君のページはコチラ→南部木工

食事が終わったら全てを片付けて畳む。
しっかり磨いた床がキラリ。
(夏休み松本城へ行ってから目指せ松本城キャンペーンを
勝手にはじめ、畳を上げて床の雑巾がけの日々…)

いろいろのいろいろあったタコーくんとは数年ぶりに再会した。
彼は私と同い年である。
「40になりましたね~」とニンマリ。
フフなりましたよ。

20代までの一年一年、
目まぐるしく変化していったのは事実。
でも20になるときも30になるときも
ある日突然なるわけではないし
きっとこの先50になっても60になっても
それほど自覚のないまま
歳を重ねていくんだろうね~
なんて話しながら
タコー君は7年の間に滑りが悪くなって開かずの木製のサッシを
スンバラシイ鉋で削ってくれた。

「あの頃より30倍は働くよ」何を根拠にかはわからないけれど
そんなことを言う、頼んだよ。
脱衣所の床を直しにこの冬は来てもらう。

風呂場工事に来ていた時、わが家で紹介した本
「棟梁に学ぶ家 木材伝統工法基本と実践」は
彼のバイブルになったとかで、そのことのお礼を言いたかったと。
それとつげ義春に出会ったのもわが家で休憩時間に
本棚から見つけてきたのがきっかけとか。

こちらはわが家に「ドラえもん」が蔓延しているのは
ブックオフでタコー君がお土産に買ってきてくれたのが
きっかけだったのだ。
お礼というか何というか…。

そして大工になりたいとも言う14歳。
小学校の卒業文集で
寒い2月に大工仕事を楽しそうにしている
タコー君の姿がきっかけであると書いてあったのだ。
ほとんど子守をしながらの大工仕事だったように思う。
次々と形になっていく大工仕事は5、6歳の彼に
とても印象深かったようだ。よく遊んでもらった。
雪の上でくるくる回りながら立ちション(シツレイ)をすると
円が描けるという素敵なことを教えてくれたのもタコー君だった。

「泣くよタコー君」と言って文集を持ってこようとしたら
「いいよ今は、ホントに泣くかもしれないから…」
もう少し時がたってから読むことにするとか。

昨日からがらりと風がかわった。
おやつもゼリーや寒天から
サツマイモやあんこモノに衣替え。
ちゃぶ台で番茶とともに用意しよう。
秋だなぁ。

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