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2008年3月27日 (木)

帰りたい場所

10歳、タイマグラの監督さんの車で
監督さん家の10歳くんと一緒に出かける。

時計を見ながら今頃着いたかな、
今何してるかなと。
留守番の12歳と7歳、寂しげ。

10歳だけが居ないということは
これまでなかった。
出かける間際まで取り組んでいた
3兄弟合作の仮面ライダーの立体の仮面
(この3日間かかりきりのかなりの力作。
しかし7歳がかぶるには、ちときついサイズで
着脱かなり大変そう)
10歳が色を吟味して塗っていた仮面は
製作途中のままテーブルに寂しげに転がっている。

帰りは10歳二人で電車を乗り継いで帰ってくる。
初めてのお使い状態。
二人のやりとりをこっそり見たいなぁ。
「困ったことがあったら
自分がどうしたいか人に伝えなさい」
とだけ言っておいた。
お守り袋も縫って持たせる。
「何か困った時に開けてね」と1000円札1枚を忍ばせて
出番がなければいいけど。

「タイマグラの風」最後の掲載紙が昨日届く。
妹の版画も何だか気合入れてくれたようで
タイマグラで只今満開のマンサク。
(あーして!こうして!
と指示を出してはいるのだけれど)
どこかアルフォンス・ミュシャを思わせるような
柔らかな色合い。(姉バカ)
妹の「妥協なし」の仕事で締めてもらう。
家族にも陰に日当に協力してもらい
脱稿の祝杯。

連載中、何度か手紙やお電話をいただいた
かつてこの村に住んでいたというまもなく90歳なるSさん。
昨日も電話をもらう。
「ほんとうに終わりなの?
毎週火曜日の新聞を楽しみにして、
切り取った新聞をくり返し読んでいる」。
名残惜しく言って下さる。
そんな方が一人でもいただけで嬉しい。
かつての山の暮らしと重ねながら読んでいたそうだ。
私のようなナンチャッテとは違い
過酷な、でもその分もっと自然からの恩恵を
身近に受けながらの暮らしだったのだと思う。

子どもや孫たちとの暮らしは、良くしてくれるし
便利だし、何の不自由もないという。
ただいつかは帰るつもりだった山の暮らしに
もう戻れなくなってしまった無念さをくり返し話された。
そんな90歳の思いがタイマグラのばあちゃんと重なる。

「どこも夢にみねぇが
     タイマグラだけは夢に見る」とばあちゃん。
最後のお見舞いになった、ばあちゃんがなくなる
1ヶ月前
「オラも山で皆と暮らしたい」
といって静かに涙を流した。
どうしてあげることもできない私。
どうすることもできないのは、ばあちゃん本人が
一番わかってもいたのだろうけど口にした思い。

「帰りたい」と思うのは
単に住み慣れた「場」という以上に
変わってしまった
価値観に帰りたいということでもあるのかなと。

来週盛岡のその90歳の方を
盛岡に訪ねることにしている。

今日は寒の戻り。朝から薪ストーブを真剣に。
春休み、新しいお客さん、懐かしい友達の訪問が続く。
感謝。

同時進行で、まずは1週間のばしてもらった
季刊「うかたま」の原稿!
「タイマグラの風」の余韻に浸る間もないな…。

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2008年3月24日 (月)

すんごい楽しい

12歳と10歳は連れ合いと渓雲荘主の
猛禽類の調査について行く。

色白の10歳真っ赤に日焼けして帰ってくる。

こんなに3月って暖かかったっけ?
毎年新鮮にこんなことを思っているような気もするけど。
それにしても暖かい。

でもね、まだみぞれや雪が降る覚悟もしています。
このところの晴天で朝ごはんの後、
薪ストーブに薪を足さず
夕方5時過ぎまで過ごせる。
洗濯と布団干し日和。

でも砂漠のように気温の差が激しいタイマグラ。
昨日は朝方冷え込んで、お風呂系統の水が凍った。

7歳は留守番で宿題や、お絵かきしてたので
一緒に水場へ行ってみる。
真冬のホース復旧作業は涙もちょちょぎれるようだけど
この時期はもう鼻歌まじり。

ほどなく凍結したホースの復旧も終わる。
ふと見るとばあちゃんの家のほうから
水がチョロチョロ流れてきている。
ばあちゃんが大豆を洗ったり
テンを作っては(寒天にする前の
テングサを煮て寄せたもの)冷やす
「まち舟」と呼ぶ水場から溢れた水だ。

水を追って7歳と斜面を登っていく。
今もまち舟には水が注がれ、
その周りにはフクジュソウが
ピカピカと咲いていた。

「まち舟のフクジュソウが咲いた」と嬉しそうに
話していたばあちゃんを思い出す。

「今日はすんごい楽しかった」
野生生物の調査やら動物写真やら(現在炭焼き)
何でも徹底的に極める渓雲荘主と行動を共にした10歳、
すっかり影響を受けて
夜は「日本のワシタカ類」を抱え込んで読んでいる。
アフリカ、南米やらの珍品生物を調べるのが
好きな10歳だが、すんごいのが
君の住んでいる所にはいるようですよ。

10歳26日からは森と風のがっこうへ3泊4日初のお泊り体験。
自然エネルギーの体験プログラムに参加する。
毎日の日課は鶏の世話、薪のお風呂わかし、食事作りも。
さて日頃の成果をお友達とどう活かせるか!?

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2008年3月20日 (木)

回らないお寿司

昨日は(日付かわって一昨日か)
フクジュソウ開花。朝から今咲くか、もう咲くかと
連れ合いとかわるがわる見に行ったのだけど
連れ合いお昼前に「咲いたよ!」
先を越された。
終了式で学校から子どもたちが帰ってくるのにあわせて
私はお昼にフクジュソウに会いに行く。

久しぶりに大切な人と会う時のように
足早に林の中を歩いていく。
雪の下でずっと準備してきたフクジュソウは、
水分をしっかり吸った落ち葉を持ち上げて
パカンッ!と咲いていた。
あの輝く黄金色が目に飛び込んできた瞬間に
涙がこぼれた。

ほどなく3兄弟そろい組み最後のランドセル姿が
帰ってくる。一緒にフクジュソウを眺めて
「今日のお昼はここで食べたい!」と10歳が提案。
「そうしよう!お花見焼きそば」と私が言うと
10歳が「嬉しい!ありがとう」と抱きついてくる。
ちょっと照れながらも、
まだこんなことができるカワイイやつよ。

お花見寿司とかだったら様になるのかもだけど
ま、近いのでフライパンごと持ってくる。
春のお昼。

そして翌日の卒業式。
小学校の教職員、在校生に見送られる。
本当に大きくなった6年間。
皆からいっぱい愛されて過ごした12歳だった。
感謝。

宮古へ出る用事もあったので
お祝いにお寿司でも(もちろん回るの)
と思ったが手痛い臨時の出費があり
家で回らないお寿司を作ることにした。

帰宅すると東京・西荻のぐーちょきパン屋さんから
パンが届く!なんというタイミング。ここ数日
忙しくてパンが焼けなかったのだ。
そして岩手町のハム・ソーセージを作る友人から
も思いがけないプレゼントが・・・。

注文していた日本酒も各種届き
明日から続く春のお客さんに備える。
今夜は味見を少々。

あーやっぱり早く帰ってきてよかった!

連れ合い握り担当。ホタテ、甘エビ、タコ、卵焼き
私は海苔巻き。
太巻き(ピンクのさくらデンブに盛り上がる3兄弟)、
細巻きは干ぴょう、かっぱ、ネギトロ

5合のお米はきれいさっぱり皆のお腹の中へ。
「やっぱりお家がいい」と一同。

食後には春休みに入り10歳と7歳はいそいそ宿題をやる中
12歳はお祝いにもらった英和辞書読んだり
ウクレレ弾いたり。
明日の予定を聞くと10歳、7歳は宿題と特撮セット作り。
12歳は連れ合いと猛禽類の調査。

それぞれに成長の春。

1年3ヶ月続いた岩手日報の連載も昨日最後の原稿を送る。
あとは写真選びのみ。
連載中私、もしくは家族が病気になったり、入院したり
あるいは死んだり、ケガしたり(危うく死ぬ、ケガあたりになりそうな
局面が実はあった。今だから言える)
何より私の書く気力がなくなったりしたら
どうしようかと思わないでもなかった。
ま、そんなこと考えてもしょうがないのだけど。
穴をあけることなく続いてよかった。というのが正直なところ。
持久力のない私が(といって瞬発力だってないけど)
ちょっとした自信にもなった。

よく子どもたちに
「大変なことを乗り越えたときに力がつくよ!」
なんてはっぱかけてるけど
私など大変なだけで、力がついたかどうかは怪しいなあ。
でもいいを勉強させてもらった。
そして沢山の出会いをもらったことは確か。
これからもいろんな人とこの山の宿の呆れるほどに
素朴な暮らしをひと時、共にしたいものだ。

春、やっぱりいいな。
あっ、でも宮古へ行ったら、花粉症の症状が…。

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2008年3月17日 (月)

順調な成長

タイマグラのマンサクも開花。
3日前の大雨で、まだ川の音が高くきこえてくる。
ずいぶん雪解けもすすみ、ぐんぐん周辺に
春が育っている。

家の中でも刻々成長…いや
変化している12歳がいる。
身長ももちろんそうだが…。

生まれたばかりの頃
新米母さんの私は、あんまりよく眠っていると
生きているかどうか心配になって
赤ん坊の顔にティッシュをかざしたりしていた。
寝息で小さくティッシュが揺れると
安心したものだ。

人一倍甘えん坊が
先月のインフルエンザをきっかけに
一人で寝るようになった。
夜も一人で離れのトイレに行くようになった。
そーいえばつい1、2年前まで自分のことを
ちゃんづけするので
ぼちぼちやめたら?と言ったら
「自分できめる」という。
ほっておいたら
いつの頃からか
「オレ」になっていた。

年が明けてからはカンカラ三線にはじまって
只今ウクレレにとり憑かれている。
それをまたエレキにしようと
自分で作ったFMワイヤレスマイクを使って
ラジオから聞かせてくれる。
その辺りが好きな友人が遊びに来て
「いやー正しい成長をとげています。
エレキってのはな~12歳・・・」
とか講釈してくれたりして、ますます12歳もその気(どの気)。

正直うるさいんだけどね。
でもあまりに一生懸命なので
何だかガンバレと心ひそかに思ったりして。

2階で埃をかぶってサビサビの弦の
ギターも「弦を買ってくれ」という。
いやー正しい成長なのか…。

「なごり雪」やら
卒業式に歌う「未来へ」やらを
ジャンジャカジャカジャカ
それを5:30頃にガバッと起きて
布団もたたみ、始まるのである。

「うちにコードの書いてある本って他にないの?」
私のウクレレ教則本といえば

「レナウン娘」とか
「北風小僧の寒太郎」
「上をむいて歩こう」
「カール(カルビー)のテーマソング」
「私の青空」
「水戸黄門」
しぶいけど、そんなんばかりだとやはり物足りないらしい。

昨日は宮古の心優しき大工の親方から
CD4枚をいただく。

雨の物語
ささやかなこの人生
スローバラード
22才の別れ
サルビアの花
などなど…

懐かし系の選曲
私としてはウルッとするものもあったりして。
12歳としては「ほっとんど知らねー」
そりゃそうだ。
でも何だか聞きはじめている。
12歳の成長は続く。

これからセイシュンな人々よ
まぶしいね~。

19日は小学校の卒業式。
4人(12歳を含む)の6年生が中学生の制服着て
体育館に入ってきたら
涙腺、堰を切ってしまうな…。
ハンカチ、ティッシュ準備OK!

順調な成長をする息子と
ありがちな母なのである。

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2008年3月13日 (木)

土の匂いにありがと。

ホオジロの初鳴き(私にとって)を今朝は聞く。
雪もお日様にとかされて
茶色の大地が顔を出す。
8(雪):2(土)ってところか。

フクジュソウが咲くエリアだけ
雪がポッカリとなくなっていて
こんな穏やかな日があと何日続けば
あの輝かしい黄色に出合えるんだろう。
でも、これからまだじらされるような日も
あるんだろうけど。

季節がめぐってきて
日々を暮していけること。
当然のように過ぎる時間を
なかなか「ありがたい!」とは気づけないものだ。

数日前ちょこっと、いや、かなり
奇跡的に「ありがたい!」と
思わせるようなことがあったもんで…。

あー今ここに居られる幸せをしみじみと深々と感謝。
「人を、その時を大事にしてる?」って問われたみたい。
やっぱりワカンタンカ(大いなる力)の中で
生きているんだ。

もひとつ、一種ワカンタンカで共時性。
今朝、エコ・ナプ活動の
角張さんに「お手紙書こう…」と久々に彼女のことを
思っていたら、お昼、半年振りに角張さんからお手紙。
角張さんとは前も手紙を出した日に電話がきたりと
不思議なタイミングで繋がる人。

ウラウラと春先の縁側で土の匂いを感じながら
ありがとう。

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2008年3月 9日 (日)

融解座敷

味噌に明け暮れた一週間だった。
日付かわって昨日、最後の豆煮も終了。
ワラない苦戦しながらも皆さんのおかげで
無事味噌玉は1ヶ月の乾燥に入る。

麹菌の働きを妨げないために
1ヶ月納豆禁止。
しかし冷蔵庫片付けてたら
扉に1パック発見。
ポカポカ暖かな日差しの
縁側でだったら大丈夫かな。

私の中学時代の(ある意味)恩師の作品が
本日の新日曜美術館(NHK教育TV)に
1分ほど紹介されると連絡。
「融解座敷」うーん話は2年前、
いやその前から
風の便りに聞いていたのだけれど
怖いもの見たさというか。
人の心を震わせたらアーティストだよな~。
でもその前に家にはテレビがない。

「是非タイマグラで『融解座敷』を」
という要望があれば、それも叶うかもしれない。
…とセンセイ。
冬のタイマグラだと寒すぎて
「融解」にかなりの時間を要すると思います。

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2008年3月 4日 (火)

台所にて

外は雪。
でも1、2月のあの緊張感漂う空気とは明らかに違う。
春の湿った雪がバサバサと。

お客さんも少ないし、道路もスケートリンク状態だし
買い物にめっきり行かない生活が続く。
最近のメニューは乾物箱と冷凍庫と相談しながら決める。
いやーネズミのように溜め込んでしまった。

本日冷凍庫から救出されたのは
カレー味のおから
あと炊いて小分けにしていた雑穀。
おからは去年の秋あたりから作っていないような・・・
いつのだっけ?
雑穀はパンなどに入れようと思って作りおきして
小分けにして、その時は「バッチリ!」と
思っていたのに、それをしっかりすっかり忘れている。

今晩はカレーおからプラス雑穀入りサモサ。
お昼過ぎに小麦粉ねって皮を寝かせる。
サモサに添えるたれは、
スイートチリソースを作って準備万端。

今日のおやつには先月の節分で残った煎り大豆が
味噌味の豆に変身。
煎り大豆かわいそうに
瓶にいれたまま置物のようになっていたので。

今日届いた「うかたま」に
常備菜の豆味噌が紹介してあったので
早速作ってみたのだ。
脳にビンビンと響くような、
縄文人も納得の噛みごたえ。

テーブルにおいて冷ましていたら
帰宅した子どもたちもパクパク、かみかみ…。
「どぅ~?」
「うん、いける」
「でしょ」

今回のうかたまは、タイマグラの郷土食!とも言える
凍みホドを紹介。
凍みホドとはジャガイモのフリーズドライ。
「ホドの団子汁を食べる会」も
3月29日~30日にエコツアーで企画。
幻の凍みホド、知りたいか方はこちらもどうぞ。

寒さにめげず、来年は凍み豆腐も作ろうかと。
その前に昨春もらった五右衛門風呂のような
大きな釜を据え付けるのが
私のささやかな希望なのだけど。
薪ストーブでの豆腐作りや味噌豆煮は既に限界量。

今日は1日台所と薪ストーブを行ったりきたりしながら
グルグル、グツグツ、こねこね。
これからサモサ包むぞ~。

というわけで今日書き上げるはずの原稿は
手付かずのまま。

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2008年3月 3日 (月)

ワラをないながら

私の頭上に今年も味噌玉がぶら下がった。
なんとも幸せな眺め。
週末は残り20kgの豆を煮る。

参加者の皆さんと
豆を踏み、トントン トントン味噌玉を作り
苦戦のワラない。そして味噌玉を吊るす。

途中豆が煮えるのを待つ間、子どもたちと
トランプ大会に興じてもらったり、
子どもたちも大満足の週末。

お金を出せば簡単にお味噌など手に入るけど
これだけ楽しく、豊かな時間を過ごすことは
いくらお金を積んでも得られない。
わずか暖かくなった風を感じながら
これから始まる躍動の季節を予感する
味噌作り。

食べ物をつくりだしたり、針を持ったり
毎日の暮らしを
少しでも自分の手に取り戻すこと。
祈りのうちに生まれてくる仕事。
そんな仕事を毎日静かに重ねていければ。
ワラをないながらそんなことを思った。
遥か遠いな。

そんなことを思っている頃、
松江の犬は天国に旅立った。
18年。犬にすれば大往生。
私のこれまでの18年と重ねてみたりして。
いつも帰省するたびに楽しい時間をありがとう。
旅立ちの、そしてはじまりの春がはじまる。

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2008年3月 1日 (土)

味噌仕込みと雪

昨日宮古に行くと
10℃(もちろんプラスです!)あった。
タイマグラも雨など降って
融けたところがワダチになって走りにくい春の道。

今朝起きると再び雪、真っ白の
再び雪景色。
(まだ暗いから全容は?だけど)

毎年味噌豆を煮る日は3月の第一週なのだけど
ジンクスのように毎度毎度雪。

きっとばあちゃんが雪と一緒に
見に来るような気がする。
9時頃から鍋を火にかける。
あの豆を煮る甘い匂い湯気の中に
今年も包まれることに感謝。

3月、まだ氷点下の日もあるけれど
味噌豆を煮れば春ー!!
アオゲラも鳴いている。

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