帰りたい場所
10歳、タイマグラの監督さんの車で
監督さん家の10歳くんと一緒に出かける。
時計を見ながら今頃着いたかな、
今何してるかなと。
留守番の12歳と7歳、寂しげ。
10歳だけが居ないということは
これまでなかった。
出かける間際まで取り組んでいた
3兄弟合作の仮面ライダーの立体の仮面
(この3日間かかりきりのかなりの力作。
しかし7歳がかぶるには、ちときついサイズで
着脱かなり大変そう)
10歳が色を吟味して塗っていた仮面は
製作途中のままテーブルに寂しげに転がっている。
帰りは10歳二人で電車を乗り継いで帰ってくる。
初めてのお使い状態。
二人のやりとりをこっそり見たいなぁ。
「困ったことがあったら
自分がどうしたいか人に伝えなさい」
とだけ言っておいた。
お守り袋も縫って持たせる。
「何か困った時に開けてね」と1000円札1枚を忍ばせて
出番がなければいいけど。
「タイマグラの風」最後の掲載紙が昨日届く。
妹の版画も何だか気合入れてくれたようで
タイマグラで只今満開のマンサク。
(あーして!こうして!
と指示を出してはいるのだけれど)
どこかアルフォンス・ミュシャを思わせるような
柔らかな色合い。(姉バカ)
妹の「妥協なし」の仕事で締めてもらう。
家族にも陰に日当に協力してもらい
脱稿の祝杯。
連載中、何度か手紙やお電話をいただいた
かつてこの村に住んでいたというまもなく90歳なるSさん。
昨日も電話をもらう。
「ほんとうに終わりなの?
毎週火曜日の新聞を楽しみにして、
切り取った新聞をくり返し読んでいる」。
名残惜しく言って下さる。
そんな方が一人でもいただけで嬉しい。
かつての山の暮らしと重ねながら読んでいたそうだ。
私のようなナンチャッテとは違い
過酷な、でもその分もっと自然からの恩恵を
身近に受けながらの暮らしだったのだと思う。
子どもや孫たちとの暮らしは、良くしてくれるし
便利だし、何の不自由もないという。
ただいつかは帰るつもりだった山の暮らしに
もう戻れなくなってしまった無念さをくり返し話された。
そんな90歳の思いがタイマグラのばあちゃんと重なる。
「どこも夢にみねぇが
タイマグラだけは夢に見る」とばあちゃん。
最後のお見舞いになった、ばあちゃんがなくなる
1ヶ月前
「オラも山で皆と暮らしたい」
といって静かに涙を流した。
どうしてあげることもできない私。
どうすることもできないのは、ばあちゃん本人が
一番わかってもいたのだろうけど口にした思い。
「帰りたい」と思うのは
単に住み慣れた「場」という以上に
変わってしまった
価値観に帰りたいということでもあるのかなと。
来週盛岡のその90歳の方を
盛岡に訪ねることにしている。
今日は寒の戻り。朝から薪ストーブを真剣に。
春休み、新しいお客さん、懐かしい友達の訪問が続く。
感謝。
同時進行で、まずは1週間のばしてもらった
季刊「うかたま」の原稿!
「タイマグラの風」の余韻に浸る間もないな…。
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