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2008年1月30日 (水)

月心居

寒波もひと段落。とはいえ
まだまだ冷え込むこの季節に訪ねてくださる奇特なお客さん。
それも本日3泊目。
連れ合いとお客さんは花巻の大沢温泉へ。私も!との思いと、
子どもたちの下校までは無理だろうし、
水曜日だけどまだ手つかずの原稿、
お風呂の残り湯で大物洗濯のチャンス…
うーん涙の見送り。

今年初めてのお客さんであり、そして私が来る前からの
長いお付き合いの方でもあり
連れ合いの変遷、私たち夫婦のことを興味深く!?
面白がってくださっている様子。
(ある意味私たちと対極にあるような
ご夫婦の形に、大変興味深いお話をうかがう)

折りしもこの4週分、新聞の連載は
夫婦のことを書いていたりする。
夫婦のあり方を問う出来事やら
考える話題の提供があったりありがたく思う。

お客さんは食品関係の会社を営む方でもあり
こちらも気合が入る。
(もちろんどなたが来ても気合はいってます)

晩に戻ってから連れ合いがソバ打ちをするというので、
周辺準備を整える。
他に何かないかなと野菜かごを見たら、
レンコンと目があったので蓮根餅を思い立つ。

蓮根餅を初めて食べたのは、東京で会社勤めをしていた頃。
表参道から一筋はいった所に
「月心居」柔らかな灯りが、店の名前を照らす。
精進料理のお店を始める間際の月心居、棚橋さんの蓮根餅だった。
野菜の勉強会でご一緒したのをきっかけに、
何度かご馳走してもらったり、
雑誌に紹介する野菜料理を教えていただいたこともあった。

こじんまりと居心地のよいカウンターと
襖の仕切りなど工夫が施されたお座敷。
一人で立ち働くに程よいスペースの厨房、
お料理をひきたててくれるであろう器の数々。
できたばかりの自分の城となるお店を
嬉しそうに案内してくださった。

蓮根餅はレンコンをおろしてサラシで汁気をかすかにきる。
おろしたレンコンに塩を入れて小判型にまとめて揚げる。
レンコンのデンプン質が加熱され、
外は薄っすらさっくりと、
中はもっちり。
何とも滋味にあふれていて…。

私のレンコン好きはこの時に始まったような気がする。
棚橋さんの野菜と向き合い、いとおしむように料理する姿を
垣間見ることができたのは幸せだった。
いつかまた訪ねよう。
そんなことを思いながら岩手へ来て14年が過ぎた。

何年か前、NHKの朝の連続ドラマ「ほんまもん」
の料理指導に棚橋さんの名前を見つけて
その活躍ぶりを感じたり。

何度か作ったことのある蓮根餅ではあったが、
ふと今日初めて月心居をネット検索などしてみる気になった。

…と「2007年12月をもって閉店」。
1ヶ月前だったんだ。
一つの区切りを迎えた15年だったのかな。

棚橋さんがもっとも心をかけているように思われたのは
毎朝すり鉢でごまを摺り、葛で寄せるゴマ豆腐。
街の喧騒が嘘のように静かなお店で
毎朝すりこぎを握ってきたのだろう。

時間がたっぷりある(はずの)冬、
私もゴマ豆腐作ってみようかな。

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2008年1月26日 (土)

いいのができそう

子どもたちのおかげで
すっかり週末にホッとする体質ができあがった。
正確には冬場の週末。
夏は週末のほうがお客さんもあって忙しいので。

一応5時過ぎに目が覚めるものの
布団の中で明るくなっていく外を眺めつつ
今日するべきことや、
ぼんやり考える幸せな時間。

…と7歳が「ひどい、ひどい」と寝ぼけながら泣きだした。
「はいはい どしたの?」
聞けば
「カカはひどい!コロッケを勝手に選んだ~」
コロッケ?選ぶ?身に覚えはない。

7歳の夢の中で、一緒に買い物に行った私が
コロッケ売り場で勝手に決めて
かごに入れ、その上さっさと行って置いてけぼりにしたという。
そりゃひどいお母さんだ。夢のできごとだけど
一応謝っておく。
「チーズとかコーンとかあったかもしれないのに~」
不機嫌ついでに
お腹がかゆい、背中がかゆい
もうちょっと右、左、上
そうそのもうちょっとした
そこそこ。
ついでにわきの下もくすぐって…

そんなことして遊んでいたら
あっという間に7時半。
お休みの日が短くなるともったいないからと起きる。
寒波もひと段落、穏やかな1日。
のどもと過ぎれば
「たいした寒波じゃなかったね」。

7歳は何を思ったか
2009年版のカレンダーをつくる
きっかけはちょっとした勘違いだったようだけど。
「今年は2008年だよ」
というと、えらく落胆していたものの
切り替えの早い7歳早くも壁にぶら下げ満足顔。
 
10歳に
「昨年の年賀状、紙相撲の力士にどうぞ」
って進呈したら、大喜びで作りまくる。
力士のシコ名も考え、カラフルなお相撲さん。
初場所は明日で終わりだけど
タイマグラ場所はこれから。
トントン空き缶をたたく賑やかな音が。

12歳、冬休みの宿題で、
鉄の自由研究の総仕上げとして
釜石や島根・安来のことなどまとめるはず。
が、火おこし実験と、インターホン作りにかわってしまい
来月の盛岡での発表にむけての鉄の研究もちこしてしまった。
学校の宿題免除で大論文、8割方は完成。
おかげで私まですんごい鉄の勉強させてもらう。

きっかけは5寸釘ナイフの鍛造と
砂鉄を製鉄する実験がしたかっただけのようだったのだが。

昔の人って還元だ~なんて思わずに
還元してたり、形を整えようと叩くことが
鉄の純度を高くしたり、ねばりを出したり。
経験の上にできあがった技術って深いね~と。

釜石の資料館では詳しい学芸員さんの解説で
体内のヘモグロビンの働き、酸化と還元が
体の中でも行われているフシギにまで及び感心しきり。
ちょっと広げすぎ!?

実験好きから始まった鉄調べ。
途中ベソもかきながらのまとめだったが
寝る前になって12歳曰く
「科学って科学だけじゃだめだね、
科学も文学も哲学もいろんな要素がいるんだね。
いいのができそう。おやすみ」

おいおい。
スーパーポジティブ12歳くんよ
明日は考察と感想仕上げてくださいよ。

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2008年1月24日 (木)

比較的

マイナス15度の世界からいっきに緩んでマイナス3度。
暖かい朝。私の中の比較する能力がメキメキと働く。
暖かさのせいか思わず二度寝してしまった。

一昨日は薪を運び込んだり、
朝の段取りも珍しくばっちり備えていたというのに
空振り。天気が崩れるのは今朝からだった。

これまでの
冷え込みは厳しいけどキラキラ眩しい真冬日と
気温はそれほど下がってないけど陽もささず
遠くから山が鳴りながら
細かい雪を吹きつける強風の一日。
どちらがよいかと言われれば困ってしまう。
こちらは比較し難いな。

こんな日に10歳と12歳は歯科の予約を入れてしまい
連れ合い付き添い。
7歳が一人歩いて帰ってくるのは可愛そうかと
迎えに行く。

ちょうど家を出た頃
スクールバスが上の家に向うのが見えたので早足に行く。
が、7歳降りた気配はない。
下りで降ろしてもらうのかと待つ。
何か雪降りの中シャッターチャンスはないかと
カメラを持って出たのだが
猛吹雪でそれどころではない。

しばらく待っているとスクールバスやってきた。
運転手さんが
「上の家で遊んでいくって降りましたけど・・・」

「うっ・・・」

ベイリーフ、シナモン、
カルダモン、クローブを
スパイスミルでつぶしお鍋に多目の生姜を入れて
薪ストーブの上でことこと煮出し中。
雪とともに降ってわいた一人の時間がありがたい。
スペシャルミルクティーで一人のお茶を楽しも。

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2008年1月22日 (火)

冬は寒くねぇーと

マイナス15度。
こんな日が10日も続くからか
タイマグラ沢の凍り方は
これまで見たこともない景色が広がっている。
沢の半分ほど凍っているので歩いてみる。

はじめは恐々片足ずつ。
トントンとつま先で確かめてから
両足でしっかり立って、ちょっとはずんでみたり。

去年の暖冬は温暖化では?と
心配したけれど
とりあえず今年は大丈夫。
相当に冷え込んでいる。

裏の部屋に置いていた
キリンラガービールが
凍って膨張して割れていた。
エビスじゃなくてよかったけど。
って問題ではないか、残念。

お風呂場のリンス(酢)にするリンゴ酢も
ガッチリと凍っている。

オリーブオイルをフライパンにと思って
「あれ?」
固まって出てこない。

掃除、洗濯、お風呂、トイレ
5人の暮しを回していくのに
この冷え込みでさまざま支障が…。

私も冬眠したいところだけれど
せいぜい早寝して薪の節約をするくらい。
薪もこのままではちょっと不安。

自ら選んだこの暮しに向き合って
その中に自分の居場所を作り出す。
様々な葛藤を受け入れたときに
何かが生まれるのではと。

どのレベルになれば納得するんだろう。
室温が何度になれば
どんな道具があれば
要は自分の心の着地点がどこにあるか。

ま、実際改善の余地は
多々ある暮しではあるのだけれど
「20年前やって来た段階で既に完成している」
と思っている連れ合いと
「ここでしょ、あそこ。それからあそこも…」
と次々と思いついてしまう私との
折り合いの着地点を探す冬でもあり。

人に変化を求めてもね
変わるべきは私であることも
よーくわかってはいるのだけれど。
注)夫婦げんかではありません(笑)。

凍み大根も縁側にかけ
今、沢でさらしている凍み芋は
来週には軒下に吊るす。
…となると、やっぱり
「さーこい冷え込み!」と思う。

「冬は寒くねーとな、ばぁに仕事をさせねぇ」
生前ばあちゃんは冷え込む日を待ち構えていた。
やっぱり冬はこうでなくちゃね。

子どもたちの長い冬休みも終わり。
昨日から3学期が始まった。
今日から給食も開始。静かな午後。
しかし今夜から荒れるらしい。
そして更に冷え込むとか。
ヒャー!。
人の手では動かしようのない自然の力を
そのまま受け入れるしかない。
そしてまた一から始めさせてくれる春を待つ。

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2008年1月18日 (金)

教えてね。

さっきまで家の中で遊んでいた子どもたちが
外で遊ぶ~と飛び出して数分後
7歳泣きながら家に入ってくる。
外から10歳の「言っちゃだめ!」
という声が追いかけてくる。

またいつものけんかだね?
10歳が「言わないで欲しいようなこと」を
7歳にしたのか。

「言わなくてもいいよ」
なんて聞き分けのいいお母さん !?
泣いている7歳を抱きしめていた。

・・・のだが、ほどなく10歳が家にはいってきて
何やらごそごそ
顔を洗ったり鏡を見たり。

見れば目の3ミリ下を切って血が出ている
まぶたにはすり傷
聞けば12歳とちゃんばらごっこで遊んでいるうち
12歳の棒きれが目に当たったのだという。
今度は目を怪我するよ。
こんな時見えない大きな力(ワカンタンカ)からの声が
聞こえる。
幸い目は傷つかなくてフーッ・・・。
洗い流して冷やした。
ついでに10歳前髪長かったので切った。

7歳は私に伝えようとして泣きながら
私の所にきたのだった。(何故あなたが泣くの)

12歳も12歳だ10歳が「言わないで」
といったからと私に伝えにこなかった。
10歳には謝ったとはいっても
きちんと私に言いにこなかったことにカチン。

言わないでっていったから。
心配させるから。
怒られるから。

いろいろな思いがココロの中で
うずまいたんだね。
でも今度からは教えてほしい。
全てを知りたいなんてちっとも思わないけれど
言わなくちゃいけないこと、見極めてね。
…でも言いにくいお母さんだったのかな。

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2008年1月17日 (木)

寒さの冬は・・・

引き続きビシバシと冷え込む。

縁側で12歳は連れ合いと
凍えながら火おこしの自由研究。
とりあえず煙が出るところまでいき大感激。
こうやって火がつくんだ~。拍手喝さい。
明日はいよいよ点火!

刃物も上手に扱えるようになったこの頃
火と水と刃物があれば何とか生きていけるよ。

10歳はオカピ研究にここ数日は熱中。
オカピ新聞の力作作成。
趣味の切手とコインのコレクションの整理も
充実。今一番のお気に入りはチンパンジー。
動物の研究者になりたいと・・・。
心変わりの10歳君。楽しみにしているよ。

7歳はウルトラマンの順番を何度説明してもタロウ以降
何度聞いても入ってこないカカを諦めたか
寝る前の「点子ちゃんとアントン」のお話に
つきあってくれる。

ムーチーは大成功。
黒糖とサツマイモと砂糖なしのプレーンの3種類。
家族から天才扱いされて
ちょっぴりよい気分。

ムーチービーサー@タイマグラ
年中行事になりそう。
春から沖縄へ行く兄が
おかかえワシタショップ開店宣言
楽しみ楽しみ。
今度は田芋!

笹の葉でもやってみよう。
岩手っぽいムーチーできるかな
あれ?つまりチマキか…。

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2008年1月16日 (水)

簡単なこと

全面滑走可能な道を越えて盛岡へ
冬の盛岡はほとんど行くことがないのだけれど。

今日は県議会の環境福祉委員会で請願陳情中の
「海へ空へ放射能をださないで」
という請願について委員会が国から担当者を招いての説明。
切々と「安全」であることの説明。

私は始めて県議会の委員会の傍聴をしたのだけれど
今日は50人近くのヒトが集まった。
定員があるので代わる代わる部屋にはいって傍聴する。
結局またまた継続審議となった。次回は2月

海へ空へ放射能をださないで
せめて原発並に・・・
何も難しいことはないではないの
と思うのだけどね。

私はただ
春になれば
熱湯かけて鮮やかな緑にかわった芽かぶを
チュルチュルッとポン酢をかけてたんと食べたいし
夏になればやませだな~とタイマグラよりも時に涼しい
どんよりと霧につつまれた宮古の海に出かけ
秋になれば「このために生きていたのかも」
とサンマづくしの食卓
冬になればドンコ(エゾイソアイナメ)の
味噌汁やチゲを存分に食べて足の先まで
温まりたい。
海は私の口のようなところなんだけどな。

ダムや道路そして基地や戦争や放射能や…。
人の暮らしを不安と背中に合わせにするのは人間だし
そこから違う生き方を求めていくのもまた人間。
自分の置かれた場所で最善の道を見極めたい。
おかしい!イヤだ!不安!という思いが声となって
大きなうねりとなって変わっていく力になると信じて。

「ネズミだって生き物さネーコだって生き物さっ」
ラジオから「トムとジェリー」の歌が聞こえてきた。
だいたい人間だけが地球に暮しているわけではないのにね。

※年末年始皆さんに協力していただいた地元紙への意見広告
目標額達成しました。間もなく(今月中)掲載予定です。
本当にありがとうございました。
原子力産業に関連する施設のない岩手のポジションは重要と。
引き続き全国紙、青森の地方紙への掲載も余剰があればと
取り組んでいます。

ふーっと少々疲れて家に戻ると
兄が沖縄の友人に手配してくれた
ムーチー手作りセット(月桃の葉っぱ、もち粉、黒糖やら)
が届いていた。
感激!
沖縄も一応冷え込む季節
昨日はムーチービーサーだったのだそうだ。
月桃の葉でくるんだ餅を備え厄払いをする。
与那原町のゴミ袋(未使用の!)に入った月桃の葉の束に
子どもたちと頭を突っ込み
「沖縄の匂いだ~」
明日は2日遅れだけど
極寒のタイマグラでムーチービーサー。
明日も冷え込むらしい。

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2008年1月15日 (火)

お世話さま

「いつもお世話になってるからね~。
     今日は7歳が読んであげる」
7歳落語の紙芝居を私に読んでくれる。
気をつかわせるね~。
とっても上手に読んでくれた。

「ケストナーのおもしろさわかるかな~
        わかってほしいな」と私が言うと

「ウルトラマンのおもしろさ
        わかってほしいな」そうだよね。

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2008年1月14日 (月)

去年よりずっと

今日は冷えた。この冬一番の冷え込みらしい。
多分マイナス15にはなった。
しかし水は凍らず私はゴキゲン。
洗濯機の水をためるのはタイヘンなので
台所の流しをきれいにしてから手で洗う。

脱水はやはり機械には負ける。
試しに回してみる。
やっぱり凍っている。
お湯をかけて解凍作業をしてから
初脱水機。洗濯機よ今年もよろしく。

冷え込みは厳しいけど晴天。
連れ合いと12歳は「鉄のレポート」のために
釜石の鉄の博物館へ。
よいまとめができればいいけど。

10歳と7歳は雪遊び。
スキーをはいてその辺を滑って遊ぶ。
暗くなってからはウルトラマンの
特撮のセットの絵を描き込む。
「シナリオ」も用意。
輪ゴムを使って怪獣から光線も飛び出す仕掛け
炎はレゴの赤と黄色

私は松江からもどり、クモの巣やら煤けた窓ガラスやら
が気になる。目が慣れないうちに大掃除。

「去年より~ずっと~キレイに~なった~」
と歌いながら。

キレイになった。外の雪のキラキラが
家の中でも楽しめるもの。

いつも年末って忙しいので・・・。若干の言い訳。
…ま、薪ストーブ使っていると
1週間もすればたちまちガラスは曇るし
この隙間だらけの家でクモの進入を防ぐのは不可能。
自己満足でしかないのをわかってもいるけど。

クモ大好きの連れ合いはクモの巣払いを
可愛そうという。
12歳も肉食には寛大な不殺生主義。
私はクモを殺してるわけではないのだけどね。
巣を払うのは無意味という見解の相違。

気が付くと、つい彼らの居ぬ間に
クモの巣など払ってしまう罪深い私。スンマセン。
様々な命と、そしてそれぞれの思いと共生している。

さー今晩も冷え込んでいる。
凍みホド第一弾決行!
雪の上にジャガイモを並べる。
ガチッと冷え込みますように。
めざせマイナス15度!

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2008年1月13日 (日)

月あかりの晩に

昨日タイマグラへ戻ったのは
今日の小正月行事に参加するためでもあった。

毎年小正月行事はこの時期にありながら
帰省を口実に参加できなかった。

役員でありながら昨年は欠席したことも気にかかり
今年も役員。それに加えて12歳は最後、
三人お世話になっている小学校だしね。
教頭先生が昨年のうちから
40年前まで小正月にはハロウィーンのように子どもたちが
ミズキと笹で作った笛を吹きながら集落を回る
ナモミという行事、これを子どもたちにも
体験させたいと計画していた。

ナモミの笛は私も10年ほど前に本で読み
面白そうだと作ったことがあった。
「ブーブー」
文字にすると「ブー」でしかないのだが
なんとも面白い音がする。

ミズキの木にお団子をつける
まん丸のほか養蚕の盛んだったこの地では
繭玉型のお団子もつくった。
この時期にはお店でもうられているという
赤青黄のカラフルなモナカもつける。

その後「家内安全 商売繁盛」といいながら
集落を回り、家の前でナモミの笛「オキ」を吹く。
すると家の人がでてきて「懐かしいねー」「ごくろうさま」
とお菓子、そして手作りのドーナツや
オカラと米粉で作った団子を持たせてくれる。

40年ぶりのこの行事の再開に
お年寄りも昔話をまじえながら
嬉しそうに子どもたち話してくださる。

すっかり子どもの数も減る一方の寂しい集落だけど
今日は様々な世代の関わる、楽しい小正月行事だった。

タイマグラは集落から10キロ離れていてそれが
都合よくもあり、また寂しくもあり。

子どもを核にして
こうしたこの地の暮し、そして人との関わりは
楽しくもある。

地元の私たち親世代も既にこの行事のことは
知らないと口々に。

きっと夕飯時はじいちゃんばあちゃんと
「月あかりで歩いて 小正月のナモミをして歩いたもんだ」
と食卓の会話はにぎわっただろう。

外はマイナス8度。
皆ほっぺを真っ赤にして。
中には寒くて寒くて涙が出てきた1年生もいたけれど。

でも心は何だかとても温かな思いに満たされた1日。
晴れ渡った空に三日月、
細いお月様でも辺りは青く光る。
そして満天の星。

「一生分のお菓子もらった!」
色めき立つ3兄弟。

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2008年1月12日 (土)

何だかんだ言っても

昨夜松江で祖母と母たちと
食事をして別れてきたのが
遠い昔のよう。

お昼過ぎには雪のタイマグラへ。
気温もマイナス1度。
思ったほど冷え込んでないし
雪も20センチ。
水も凍ってなかった。
好調なスタート。

子どもたちは冬の感触を確かめるように
雪かき。今は雪合戦にかわり…。
遊びまくる。

今に「濡れた~」「冷たい~」
と入ってくるんだろうけど。

寝台車から東京の街が動き出すのを眺めていた。
7歳とマンションの灯りや
高層ビルで徹夜なのか早朝出勤か
既に電気のついているオフィスを見ながら
「いろんな暮らしがあるね
7歳はどんなところで、どんなことするのかな~」
と言っていたら
「やっぱオレはタイマグラに住みてーなー」
仲良しの友達と三人
パン屋とケーキ屋をするのだという。
できればいいね。

何だか寂しい…松江の家を出て
しょんぼり寝台車に乗った10歳だが
家にはいってくるなり
「何だかんだ言ってもタイマグラがいいな」
と言う。
10歳なりにいろいろな感慨があるのだろうね。

12歳は毎月お楽しみの「子どもの科学」が
届いていてさっそく読みふける。
プレゼントに応募していたの忘れて
見ていたら当選!
それも3度目。
よっぽど読者がいないのか?
今回は図書券1000円分。
もう今年の運を使い果たしたのでは?
冬休みの工作のヒントになる
立体模型を見つけて喜んでいた。
「鉄」のまとめもボチボチやりましょう。

さー私も連休明けたら六ヶ所関連
県議会のロビー活動が仕事はじめかな?
その前に明日届くダンボールを
早々に片付ける!

薪を運びこみ、家の周りの雪かきをして
今年もタイマグラの新しい1年が始まる。
今年はどんな出会いが待っているのか。

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2008年1月11日 (金)

遣り残しなきよう

「ねーちょっとサティ行ってもいい?」
と7歳。

そういえば今回は行かなかった。
松江の家も生協に去年から入ったし、
駅にできた魚屋さんのすっかり常連。
スーパーへ行くということがなかった。

7歳「お年玉をちょっと試してみたいんだけど」
との申し出。
もちろん10歳と12歳も異議なし。
「そうだね~何かいいものあるといいね。」
ってことで本屋とおもちゃ屋に。

結局7歳だけがウルトラマンの「油獣ぺスター」
型が古いからかそれだけなぜか300円!
「もう一年だけウルトラマン!」
らしい。ほんとかね~。
特撮もきっと盛り上がるね。

毎度のことながら10歳12歳は
うーんと考えて
「…今回はない」

「お買い物は3度欲しい!欲しい!欲しい!」
と思ってから。
と、日頃から私が言っているのが効いたようで
ちょっとかわいそうな気もしなくもないが
ま、それもよし。

7歳はいつも1、2分考えて
「7歳よーく考えた」即決のヒト。
カカも時々オキテ破りはあるんだけどね。

朝からお墓参り、図書館、車の掃除やら
あちこち掃除機かけて、寝具の洗濯…
両親祖母の送迎で走り回り
松江で遣り残しのないようにと
パタパタ走っていた。

子どもたちももう一つの遣り残し、
カラオケに盛り上がる。
「ドングリころころ」で10歳100点を出し
大喜び。点数にはやっぱり弱いのね~。
7歳も俄然張り切って
「ドングリころころ」大真面目に歌う。

CDと本の移動をするといっていたのに
できなかったのが心残りだけど。

寝台車、といっても2等船室のような
カプセルホテルのようなゴロ寝車両。
「寝ころんで絵を書きたいから」と、
クレヨンもリュックに入れて。
北上。タイマグラへ。

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2008年1月10日 (木)

似たり寄ったり

妹と私は性格的にはあまり似ていないが
顔や声は似ていると言われる。

父と妹はやること等似ていると思うことがある。

買った時点で安心してしまうこととか…。

父の膨大なCDコレクションを見るにつけ
せめて聴かなければ…と、
私のケチ根性がムラムラと刺激される。

本も、とにかく好き。
こちらはほんとに「読書が好きなのね」と認めるところだが
家にこれだけ本があるのなら
私の読みたい本はさておいて
この家を潰してしまいそうな勢いで増え続ける
本の中から面白そうなのを探そうかと思ってしまう。

おびただしいCDのコレクションの中にきっと
ショスタコービッチもあるだろうと探すと
案の定数枚あった。
同じ曲のCDもある。指揮者が違うとか何とか言って。

本棚にも同じ本が何冊かあるのだ。
岩波新書の「天才」が2冊あるところに
あれ?3冊だったか?
父の奇才ぶりが伺える(涙)。

それでCDを聞こうとして開けると、
すでにショスタコービッチの
別の交響曲が入っていた。
母が妹の仕業だという。私もそう思う。
また明日やって来るような部屋の状況で
オランダへ帰ったようなのだが
おやおや…と思いながらも
同じような嗜好をしていることを
苦笑しながら聴いた。

妹の部屋には
父のCDコレクションの中から
彼女の好みだか何だか知らないけれど
ワンサカそのまま置いてあった。

今度はベートーベンの「悲愴」…
と思って探すとやはりきちんと棚にあった。
よしよしと、CDケースを開けると今度は
中が空っぽ。
母再び、妹の仕業という。
あのワンサカの中にはケースから出たCDも何枚かある。
その中にあるのだろうけど
果てしない神経衰弱ゲームのようで途中でやめた…

ま、悲愴は別のピアノ曲との組み合わせで
2枚目のCDを見つけたのだが。
何だかね~。

父に「持って帰っていい?」なんて聞くと
また別に買ってくれそうで怖いので
「黙って持って行きなさい」という母が正解だと思う。
2枚タイマグラへ失敬して行く。

妹と服の好みは大概似ている。
違うのは私はお金をかけないけれど
妹はわりと気前よく買う点。

リサイクルショップへ一緒に行くと
私が300円くらいのスカートを
「ウーン」と考えていると。
「あっコレ私!」ちゃっちゃと妹はレジへ持っていく
性格もスコブル良い。

妹の残していった服を眺めて
2、3年後に回ってくるであろう
お下がり(お上がりか?)を楽しみにしている。
私のセンスを妹に合わせたのか?

子どもは親を見ている。
この年になっても今だに私は見ているのだろうか
私は母のようになっていくのだろうか。

時折ピシャリと父に手厳しいコトバが
何とも私が連れ合いに対してとき折り見せるそれに
似ているようで困っている。特に食、アルコール方面。

しかし夕食を用意しながら母は自分で作った
ヤマモモ酒など飲みながら
「…だって、やってられないよ」などと言いながら、
私にも小さなグラスに入れてくれて
魚をさばいていたあたりも心当たりがある。気をつけよう。

明日はいよいよ松江を発つ。
荷造りに取り掛からねば。
友人からすすめられた個人文庫が
近所にあることを聞き、今日は訪ねる予定。

図書館の本も県立と市立から借りまくったのを返却しに。
児童文学の翻訳家でもある清水真砂子の講演録
なかなか良かった。が残り1/3、時間切れか。
村の図書館で買ってもらおうか。

宍道湖畔の素敵なパン屋さんにももう一度寄りたい。
祖母宅にも。

レンタルした「それでもボクはやってない」
まだ観てないし。これは寝る間をけずるか。
タイマグラのカントクに内容あらかた聞いたけれど
やはり気になり。

毎冬訪ねる息子たちがお世話になった助産婦さん
今回は訪ねられないかな。

母方の祖父のお墓は先日ふらりと挨拶してきたのだが
父方の方には行ってない。
お墓に眠ってなんかいなさそうだけど。

あー盛りだくさん。
その辺がまた母のようで。

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2008年1月 8日 (火)

海へ

松江は暖冬のようだ
一昨年行った島根半島の加賀。
何かひかれるものがあって
1月の海ではあるけれど
良い天気に誘われて再び出かけてみた。

島根には神話が一杯。この海にも。
猿田彦の生まれたといわれる加賀の潜戸。
はるか沖縄の先導神サダル神に由来するのでは
という説やら。

子どもたちは
「科学館のほうがいい」
「家で本読みたい」
「図書館に行きたい」

てんでバラバラ。
しかし留守番もできないので
「行くよ!」のひと声で出かける。
パンは途中で調達。
サンドイッチの材料とお茶を持って。

「車で待ってる」などといっていた7歳は
海に着くなり妹カップルと一緒に来たのを
思い出し
「ここからは7歳が案内する!」
と先頭を走る。

冬休みの自由研究は貝殻に即決した7歳と10歳。
イソギンチャクにもはじめて指をつっこむ三人。
ハングルの漂着物もたくさん。
クラゲもうちあげられていて
棒でつっつく子どもたち。

「ここへ来れてよかった!」を連発。
でしょ。

「行ってくれば~」なんて言う日が
近いのもわかってるから、
こうして出かけられる時間が楽しい。

この海もいろんな命を育ているんだなと思う。
三陸の海もたくさんの命を育て、私たちは
そんな命にまた育てられているというのに。

12歳、海の冷たい風が効いたのか
風邪をひく。
風邪をひくと呼吸器系にくる12歳
かわいそうなことしてしまった。

コンニャク湿布もレンコンもなく
梅生番茶(番茶もなく薬草茶にしてみたけど)
を飲むというのでとりあえず。

私が眉をひそめるのを知っていて
12歳を見兼ねた父が薬を飲ませたのは
へへ見てました。
きっとよく効くことでしょう。

岩手へ帰るまでにしっかりなおそうね。

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2008年1月 6日 (日)

見返りなし

連れ合いは大人の遠足。
岡山をこの春引っ越す兄の家を足がかりに石採り。
何でも岡山は「石どころ」らしい。
「いい所だよな岡山…」って、
石だけで人は暮らしているわけではありませんよ。
私も引越しのお手伝いに・・・と思ったけれど、
今回は子どもたちとお留守番。
のびのび石を叩いてちょうだい。

「うかたま」の原稿も締め切りを若干過ぎてしまい
あたふたと。
遊び相手の連れ合い不在で7歳は退屈そう。
何度も励ましのチューをしに来てくれる。
ありがとね。

私の隣に座って
「何か字を調べるときは言ってね!」
と電子辞書を片手に待っている。
私が使うのを真似したいようだ。
どうせならきちんと国語辞典で。
思わず引き方を…
7歳も張り切るのだが、
原稿はますます進まない。

というか子どもにきちんと向き合う時間なのか?
私がきちんと7歳に向いていないことを
見抜いたのか

 7
歳「カカ もしかしてじゃま?
   
7歳のことずっと好きでいてね」という。
 私「ずっとってどのくらいかな?」
 
7歳「カカが7歳のこと嫌いになるまで」

私が7歳のこと嫌いになると思ったのなら悲しいな。
カカの一番のお仕事は
君たちをしっかり好きでいることだよ。
何かの見返りを求めない愛、
そんな対象があることに感謝。

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2008年1月 4日 (金)

子どもの涙

年が明けてから松江郊外で
兄たち一家と従姉妹一家や祖母叔母たちと過ごす。
総勢25名。

子どもの頃、毎年島根の三瓶山に登り
いとこたちと過ごした夏の日を思い出す。

中3の姪から3歳まで11人の子ども。
タイマグラから持ってきた
カンカラ三線、中3の姪と12歳は練習する。

年末からの雪に大喜びの子どもたち。
湿った雪でズックをビショビショにしながら
10歳以下はかまくら作り雪合戦。

祖母とひ孫たちとの百人一首は
私や兄たちの
「おしゃべりがうるさくて集中できなかった」らしく
祖母としては不本意な結果となった。
松江滞在中に一戦設けたほうがよさそうだ。

プロジェクターを持ち込んで
正月DVD鑑賞会。

父は独特のカメラワーク!?で
フシギ映像を撮る才能があるのだが(笑)
先月の沖縄行きの映像、無修正を見る。
車酔いしそうな画面。
嘉数の高台にある住宅地。遠くに見える海。

お次は「海と毒薬」いつの間にかレンタルしていた父。
現役外科医の下の兄
まもなく外科医から転職する上の兄
元外科医の父。
人の死を日常にしている彼らと
身近に人の死など、片手で数えるほども経験していない私。
 
映画では
担当の老婆が亡くなったことをきっかけに
捕虜の人体解剖の助手を承諾する若い医師。

そんな同僚に
『「執着」がいなくなり「迷い」がなくなったな』と言葉をかけ
助手を即答しながらも自らも葛藤するもう一人の若い医師の対比。
熊井啓の「サンダカン八番娼館 望郷」も観たいと思っているのだけど。

最後は「ポアンカレ予想」を解き明かした
学者グレゴリー・ベレルマンの特集番組の録画。
これはあまりにもチンプンカンプンで私の意識は混濁。
自力で退場、沈没。
一年のスタートにしてはアルコールも過ぎたか。

「どうでもよい記憶力が抜群によい」と家族から私は言われている。
兄たちや父の議論に私は入らずにいや入れずに
いつも耳を傾けてきたことを思い出した。
そして一人で反芻する。
どういうことなんだろう。

上の兄とけんかした記憶はないが
下の兄とは5つ違うわりにはけんかしていた。
口でも腕力でも兄に太刀打ちできない悔しさ。
「あの言葉にこう切り返せば、
ギャフンと言わせられたのだろうか…」
言葉や場面を振り返るクセのようなものが
身についたのだろうか。

喉が渇いて早朝目覚め
薪ストーブをつけ図書館で借りてきた
在日朝鮮人である徐京植の子ども時代の読書遍歴を読む。

松江に来る途中、東京の本屋で子どもの時に読みそびれた
ケストナーの「点子ちゃんとアントン」を見つけ
車中で読みなながら来た。松江の本棚に
私の子ども時代に読んだ
「エーミールと探偵たち」「二人のロッテ」などみつけ、
息子たちもケストナーの世界を感じたら…なんて思ってみたり。
「子どもだまし」ではないケストナーが子ども心に好きだった。

徐京植の本のタイトルは奇しくもケストナーからの引用だった。

   子どもの涙はけっしておとなの涙よりちいさいものではなく、
   おとなの涙より重いことだって、めずらしくありません

韓国留学中に兄たち二人は政治犯として
過酷な獄中生活を過ごすことになる。
私は二十歳の頃何故だか、父の本棚から見つけた
徐兄弟の獄中からの手紙のやりとりを読んだことがあった。

20年ぶりの兄たちとの再会に
  経験を重ねて人間は変わるという命題はもちろん正しい
  しかし、人間はほとほと変わらないという命題もまた
  正しいのではないか。

と、あとがきに書かれていた。そしてこう続く。

  子どもの頃にいやおうなく刻印されてしまった
  何ものかを背負ったまま、人は、多くの悲しみと
  わずかな喜びに彩られた長い人生の時間を耐え忍ぶのである。
  そして人に人生を耐え忍ぶ力を与える源泉もまた、
  子どもの頃に体内深く埋め込まれた、
  そのなにものかに潜んでいるのだ。

これまで寄り付きもしなかった
人生なんていう言葉が、最近ちらりとひっかかる私。

さてわが家の「子どもの涙」、
7歳はここのところ10歳に対抗するが
言葉でも力でも負けて悔し涙ちょいちょい。心乱れる。
10歳は10歳で遊び疲れて帰宅し家に入ったところで
老犬の「粗相」を踏んでしまい、悲しみバクハツ。
12歳は年賀状の版画つくりに1日、
15枚刷るのに1日、
追加で1枚刷るのに1日
合間に科学法則集(by 漫画)などを読んでいる。
つい「おーい大丈夫かい」と声をかけたくなる。
泣くこともなくなってきたこの頃。

昨晩になって今日は金曜日であることに気づき
ちょっとスリリングな気持ちになりつつ
「タイマグラの風」、今回は松江の風も
ちょっと加えてみようかな。

今年も皆々様 よろしくお願いいたします。

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