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2007年12月31日 (月)

年末(控えめ)ジャンボ

松江へ帰るたびにチェックするリサイクルショップ。
タケノコのように伸びる12歳のジャケット探してたら
バッチリのを見つける。それも美品◎!

連れ合いにもウールのタートルネック。
彼は一旦着たら、
もうどこへも回すことができないほどに着尽くす。
このセーターも買うのをしぶったが
ま、10年に一度あるかないか、いいんではないのだろうか。
おせっかいだろうけど。

レジで抽選箱に手をつっこむ邪心なし!(といえばウソか)
ラッキー1000円割引券!
今度は私の探そっかな。

帰りにセルフのスタンドでガソリン入れ終わりスロット。
無視して行こうかなと思いつつ、
つい私の優れた動体視力が追ってしまう。
お、もひとつ、ヨイショ!やった!
1等『777』
松江って日本でもトップレベルに!?
ガソリンの高いところなのだから。
リッター5円引き!(1等のわりに控えめか…)

宝くじは買ったことはないのだけれど
これくらいが私にはちょうどよいかな。

今年の運は今年のうちに使い果たして
また新しい年には新しい運が開けるか、控えめな運が。

今年も一年あたたかく見守ってくださったり
応援してくださったり ありがとうございました。

それでは皆さん よいお年をお迎えください。

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2007年12月30日 (日)

屋根裏の本棚

穏やかな松江の3日間が過ぎ、天気予報どおりの雪。
去年両親はダーチャ(ロシアの週末菜園の小屋)のような
小さな家を祖母宅の前に建てた。
その小さな家に薪ストーブをおくことになった。
「薪ストーブならお任せ!」と
ストーブの位置や必要な煙突の数やらを確認して
ホームセンターへ。

しかしこの時期岩手のホームセンターなら当然のように
品揃え豊富なストーブ用品が
これまた当然といえば当然なのだが
さすがに松江にはない。

3軒目でようやく見つける。
しかし天候はますます悪化
ここは津軽?というような地吹雪。
すでに午後4時をまわり、煙突は家に運び込むだけにして
祖母の家でお茶をよばれる。

本当は祖母の家の屋根裏部屋で埃をかぶり、
母からはネズミにもかじられている
という祖父の本棚をのぞいてみようと思うのだけれど
今日はやめにした。

祖父が亡くなって古書店が来て
めぼしい本は全て持っていったと
母は言っているが・・・。

哲学から農学へと方向転換して
縁あって松江へ妻や子を引き連れてやってきた祖父。

祖父はお茶の研究をしていたことから
同じチャ科の椿を庭に植え
今ではすっぽりと椿の木に囲まれた家。
いつも玄関の脇には挿し芽した椿がおいてある。
私の生まれる前の年に亡くなった祖父。

写真の祖父の前に毎日紅茶を入れる祖母。
今の私の年頃で祖母は松江にやってきたのかと
祖母の人生の半分にも及ばない
わずかばかりの私の時間を重ねてみた。

祖父はいない家なのだけど、気配がただよう
居心地のよい家。

タイマグラへ初めて来たときに
「懐かしい匂い!」と思ったのは
薪ストーブのある祖母の家と同じ匂いがしたからだろうか。

今度は陽のさす昼下がりにでも訪ねて
屋根裏部屋をのぞいてみよう。

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2007年12月29日 (土)

東京経由

松江に来た。

ほどよい町だと思う。
大都会ではなく、
かといって「タイマグラ」ほどでもなく。

駅前の家から寄り道をしながら
宍道湖を越え
松江城のたもとの図書館まで歩く。

県庁所在地に原発があるほど
のどかな町。

私の育った町ではないけれど
祖父母の暮した家に暮す両親。
慣れ親しんだ町でもあり。
適当な間隔で人とのつながりもあって
大好きな祖母や叔母たちのいる町。

東京経由で来たのだけれど
子どもたちは目を丸くするほど
まっすぐに歩けないほど。
…私には「多過ぎる町」なのかな。

東京にいた頃「人」を意識しすぎたのか
そしてどこに向っているのかもわからなくて
自分を見失うような日々も哀しく…。

タイマグラのように人に会うたびに立ち話したり
お茶飲みしたりすることなどない町。

松江のように橋ですれ違いざま
会釈ができないほどの人の波。

そんな東京で出会えることは奇跡のようで。
…でも人を思うよりも自分を守ることに精一杯で。

ここから離れなければ暮していけない
なんて思ったりして離れた東京。
どこか島根に似た風景の岩手へ。

東京と未熟な私
今がこうしてあるのは、
東京を経由してきたからなのか。

いまだ未熟だけれど。
少しずつココロのひだなど加えつつ…。

両親と暮す、17歳になる犬が
帰るたびに弱っていて
静かに年月を感じる。

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2007年12月25日 (火)

信じる子には…

友人一家が帰ってからは3兄弟冬休みの宿題に取り組む
集中する子
つっかえながらやっては機嫌を損ねる子
邪魔をする子…

さて子どもたちお待ちかねのクリスマス。

7歳はまだまだサンタさんの存在を
自信を持って大真面目に信じている。
しかし昨日の時点で希望の絵本から
ウルトラマンメビウスの怪獣に変わってしまった。
すでに絵本はアマゾンで注文して届いている。
変更認めず。
「おもしろいお話だよ」ってメッセージを入れておいた。
ウルトラマンマックスもカントクから
「1日1話だよ」との約束で昨日プレゼント。
今日は三人正座して1話見ていた。

10歳は「ハチドリの図鑑」というので探したのだが
日本語版はないし英語版はちょっと時間かかりそうだし予算も…。
友人からナショナルジオグラフィックで特集があったとの情報
バックナンバー2月の特集を購入。
しかしもう一つの特集は「心臓手術最前線」。
10歳にはちょっとリアルな写真かな~。
でもお医者さんごっことかいって
内臓の絵を細かく描き
その上に皮膚の色に塗った紙を置き
はさみやカッターで切って
7歳と「汗」とか「ピンセット!」とか
どこで覚えてきたのか手術ごっこを時々しているので
参考になるか!?
やっぱりまだ信じているのかな
自信を持ってサンタさん信じている弟と
怪しげな微笑を浮かべてプレゼントに関しての
忠告をしてくる兄の狭間でぐらついている
真ん中の悲しい性か。

お昼ぐらいからソワソワして
「もう寝よっかな~。お昼寝から起きても
おいてあるのかな~。」
しかし希望はパプアニューギニアの鳥と動物の図鑑
変更認めず。
寝る前に10歳と7歳はサンタさんへねぎらいとプレゼント
最終確認の(涙)お手紙と
お茶とお菓子とみかんをお盆に用意して寝る。

12歳はそんな「あーだ こーだ」と揺れる弟たちとは裏腹。
私にリクエスト。
「ねーね、カンカラ三線のキットがいいなぁ。」
数年前から言い続けていたので
「ま、認める」ということで沖縄からとり寄せる。
島根行きにも持っていくつもりという。
荷物は責任もってね。
「一応オレもサンタさんに手紙書いとこうかな」
ってあなたも信じてた?もしかして。

さてと、ぼちぼちお盆上の
お茶とお菓子などいただいて
お手紙のお返事を書いて
枕元へスタンバイOK!

どんな顔して起きてくるか
楽しみ楽しみ。

いちごのアイスクリームを希望して
明け方にいちごのピュレを作ってアイスクリーマーで
クルクルつくったり
枕元にクーラーボックスを置き、「皆で食べてねっ」
て5人分を新しい小皿に盛り付けて入れたり。

ドーナツが欲しいという年もあった。
真夜中にドーナツ作り
「お家の人に作ってもらってね」
とご丁寧に作り方まで書き残しておいたことも。

馬が大好きだった3男が2歳の頃
「スーホの白い馬」と
私の作ったフシギ馬人形というプレゼントも
あったな…。

自転車を部屋に置いてサプライズとか。

「おーいお茶」のトミカのミニカーは
二男が2歳の時かな探した探した。

私へのプレゼントは
夕方下の集落へ降りた時に
国道に出たら東の空にぽっかり大きな大きな満月。
いいプレゼントもらいました。

よいクリスマスを!

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2007年12月24日 (月)

消えた液体

バシャーン…
と音をたてて私の1日の(大げさか)
ま、トータル3時間くらいの仕事が流れた。

昨晩のメイン合鴨の鍋。
羽根むしりと内臓はすでに処理してあったので
非常に助かった。
解体、そして鶏がらを鉄鍋で焼き
ネギと生姜を加え更に焼いて
水と酒を加えてあく取りしながらストーブの上で
静かに煮る。

みりんと醤油、砂糖でカツオだしをとり割り下を作り
スープと加えて味を調える。

味も決まった。
後は野菜と合鴨肉を投入。

置く場所がなかったのでストーブ脇に。
子どもたちが引っかからないように
気をつけて等と思いながら

私の足がひっかかり冒頭のバシャーン。
ふき取る分はふき取りあとは土間に吸収…

素早くあきらめ(きりかえ)
わずか鍋に残った1センチくらいのだしに
濃い目の割り下をつくり直し加え
「鴨肉からもだしは出る!」と言い聞かせる。

おいしい鴨鍋だったね皆の優しさを受ける。
としか言えない状況だったよね…。

カモ君一家とタイマグラのカントクも招き
2時まで薪ストーブを囲む。

六ヶ所のこと、子どもたちのこと
友人一家の農的暮らしにシフトしたこの2年のこと。

子どもたちはカルタ、坊主めくり、百人一首で盛り上がる。

「あーだし汁!」との思いもおかげで尾を引かず。
こぼれてもかえっていく液体ならばいっかと。
トリチウムの半減期は12年、クリプトン85は10年
プルトニウムにいたっては2万年もかかるというのだものね
鴨のだし汁は許せる!
もったいなかったけど。

ボタボタと重たい雪が降って
また新たに木々に雪がついている。
今日は満月そしてクリスマスイブ。
雪を青く照らすお月様は見えるだろうか。

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2007年12月22日 (土)

冬の一日

昨日は終業式。
お昼に帰ってきた子どもたちは
昼食を食べ終わると、夕方薄暗くなるまで
ひたすら外で雪遊び。
最高気温もマイナス値の中。

いつもの平日は4時ごろ帰宅するし
土日も予定があったり宿題もがっぽりあったりで
どこか気にかかりながらなのだろう。

学校へは毎朝張り切って行くし
帰宅後も学校でのあれこれを三人で賑やかに
報告してくれるけど
こんなにのびのびと遊ぶ彼らを見るのが何より嬉しい。
開放感がみなぎっているもの。

冬休み中のお手伝いの割り振りを
朝ごはんの時に決める。
お父さんもお母さんも家にいる今時めずらしい家だけど
ちょこちょこ人がやってくる今時めずらしい家でもあり
日々を回していくためには皆が協力していかないと
動いていかないし…。
時々つまづくだれかがいたらフォローして。

子どもたちもいろいろ思うところ
ぼちぼちあるのだろうけれど。
そうやって自然に家を出て行きたくなるんだろうね。

今夜の夕飯は塩蔵のフキをもらったので塩抜きして
フキとじゃこと油揚げの煮物
3日かけてようやく味が落ち着いた黒豆
南部せんべいのせんべい汁
漬けものあれこれ
お気に入りの奈良のお酒「風の森」。
もちろんご飯もまきストーブの上でこれから炊くよ。
冬至のかぼちゃ・・・は焼こう。

ガス代も値上がりして…。
だからってわけでもないけど(わけではあるか…)
今朝はパンケーキの朝ごはんに
始まって1日ガスを使わなかった。
こんな一日が私のヨロコビ。

明日は今年最後のお客さん。
宮城の友人一家が3年ぶりに訪ねてくれる。
楽しみ楽しみ。
カモ君一家と鴨鍋にしよう!
(カモ君はカモノハシか…)

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2007年12月20日 (木)

ワカンタンカ

昨日の朝、チーズを切っていて親指をケガした。
あまり指を切ることはないのだが、久しぶりに。
スパッと切り込みを入れてしまった。

秋、妹からオランダ土産にチーズをもらって
大事にとっていた。2ヶ月半の滞在、
妹の夫がはるばる迎えに来て
昨日オランダへ戻った。

オランダで家族仲良く機嫌よく暮せるように
と見送る思いがそうさせたのか
チーズを食べることにしたのだった。
味はよかったのだけど、痛かった…。

ふと「ワカンタンカ」を思った。

北米のネイティブ・ラコタ族に
「ワカンタンカ」への信仰がある。
英語ではグレートスピリット
ワカンは「不思議」 タンカは「とても大きな」
という意味合いなのだそうだ。
祈りの対象としての一つの神ではなく
森羅万象に宿っている神。

アイヌであったり、北米南米のネイティブであったり
タイマグラのばあちゃんにも
その人たちの底に流れる共通の感覚。
自然の中で生きる人たちの自然への畏敬の念。
それを伝える言葉…。

私は到底及びもしない
かけ離れたところにあるのだけど、
ストンと腹に納まる感覚はある。

「ワカンタンカ」人間の力を超えた大きな力。
私に起こるできごと出会うことの不思議。
全ての出来事は必然として、起こるのだな~と。
今更だけどありがたく思った。

あるがままを受け入れよう
そしてワカンタンカのサインを見逃さない
よく見、よく聞き、よく感じる感性を育てていこう。

指先から流れる血を見て
生かされていることにきづいたりして
あまり痛い思いしないで気づきたい。
忙しい朝にまったくもぅ…ではあったが。

午後は子どもたちの期末面談。
道路はスケートリンクのようで1分遅刻。

12歳は夏休みの5寸釘からナイフと砂鉄採集して
製鉄の鉄の研究が村で評価され
冬休み明け、県の科学作品展に出品&報告することに。
更にもののけ姫の舞台にもなった島根の製鉄と
岩手釜石の製鉄の違いも調べようかと
にわかに盛り上がる。
年明けのレポート提出
何だか一緒にやることになってしまう予感…。

人気モノの12歳。「結婚するなら12歳君!」なのだそうだ。
なんだろー結婚するならって…。
でもね、いい男なんだこれがほんとに。

10歳の芸術もバクハツ的に花開いている。
味わい深い絵を描く。
新種のネズミがパプアニューギニアで
見つかったって記事を新聞で見つけ
以前からパプアに関心を持っている10歳
「パプアニューギニアの人たちと仲良くするのなら
裸でペニスケースもオレはできる!」
真顔。君なら行ける!(かも)
言葉も勉強したいと意欲的。
でもテキストはどうやって入手するのだろう…。
飛び込んで覚えるのかぁ。
サンタさんのプレゼントはもう締め切りました。

7歳冬休みの宿題早くもとりかかり
絵日記は本日の日付で「宿題に取り組む姿」を書く。
一応まだ学期中なんだけどね正直者!?
通知表、国語は抜群、
数にはちょっと弱いのはお母さん譲りか。

三人とも元気に2学期過ごせたね。
お母さんも頑張るよ。
あっという間に木曜日だしね。

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2007年12月18日 (火)

どんなにきみがすきだか あててごらん

静かに冷え込んでいる。
でも風が吹かないだけ助かる。
週末の年末コンサートで皆の優しさを感じながら
これまでの年月を重ね
一人こっそり涙したりした。

それにしてもコンサート餅つきと大人11人、子ども17人を
この家で収容したわりには、何だかスムーズにことが運んだ。
子どもたちの成長のおかげ?
それに私はほっとんど原稿にかかりっきり。
頭の中でポカッと空白の新聞のコーナーを思ったりもして。
滑り込みセーフ。

土曜の朝になってようやくエンジンがかかった。
毎年パタパタと段取り考えたりしていたあれは何?って感じ。

週末の時間を取り戻すように日曜から早寝。
8時には寝る。月曜など7時半に寝ていた。
自分でもよく寝るな~と感心するくらいに。

昨日は7歳が「カカと本読んで寝よっかな~」。
本棚から彼が選んできたのは
「どんなにきみがすきだか あててごらん」
憎い選択。
さすがは3男、くすぐりどころを心得ている。

読み終わってから7歳
「カカのことね、納戸の箪笥から太陽に行って
ぐるっとまわってきてかえってきたくらい好き!」
っていっていつもの
左右のほっぺたとあごとくちびると鼻とおでこに
チュっとして寝た。

「カカはね、納戸の箪笥から太陽に行ってぐるっとまわって
もう一回ぐるっとまわってかえってきたくらいに好き!」
(※納戸の和箪笥にはおもちゃが入っている。
彼の重要なスタート地点ということか?)

でもね言葉でいくら重ねても
伝えきれない思いもあると思うよ。
きっと君もそのうち、そんなモヤモヤを経験するのでしょう。
でもやっぱり伝えておきたいんだよね。

さー今日も早寝するよ~。
お風呂もお昼過ぎから焚いているんだから。
今日は何読んで寝よっか。
子どもたちも私も大好きな「ラチとらいおん」はどぉ?
弱虫ラチに生きる力を教えてくれた小さな赤いライオン。
ラチに勇気が出てきた頃ライオンは
リンゴといれかわっていなくなってしまう…。

表紙は真っ暗闇の中赤いライオンに導かれて歩くラチ。
子どもの頃押入れに懐中電灯を持ち込んで
一人このせつないお話を読む時間が好きだった。
手ばなすことで得られるもの…。

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2007年12月14日 (金)

便り

高校から上京し、寮生活を送った。
同じ寮生でも横浜や千葉あたりなら
週末に帰ることもできるが、
島根など地理的にはもっと遠いはずの福岡の
友人よりも、時間がかかる。
帰省するのは1日がかりだった。

寮には公衆電話があるが大抵先客がいるし、
使える時間も限られている。
おまけにようやく順番がめぐってきても
電話代がかかるので家に「電話かけて!」って言って
ガチャンと切りかかってくるのを待つ。
すると、誰かのボーイフレンドからの電話がかかってきて
呼びにいくことになったり。
非常に使いにくい電話だった。

なので連絡はほとんどが郵便だった。
25年前のこと。
郵便があれば玄関口のボードに
名前が書き出してある。私は郵便チャンピオン。
届かない日はなかった。
…ってラブレターだったらよいのだけれど
父と母からのハガキ。
家の様子。病気の祖母のこと。
庭の花の話。
仕事のことはほとんど話さない父だが
出かけ先でのことや
世の中のことをいつも皮肉っぽく書いてよこした。

他愛もない話である。
おまけに父の字ときたら、利き手ではない方で書いたのでは?
というほどの難解な文字。
とんでもなく怪しい絵も時折添えられている。
そんなハガキがほとんど毎日届いた。
母とは長い休みで帰省すれば何でも話すことができたが
不器用な父と生意気な娘。
一緒に暮していたら、果てしなく距離のあるだろう間柄が
あらかじめ離れていたおかげで、つながることができた。

母は私からもハガキを書くようにと
あらかじめ宛名をプリントごっこで印刷して
学期が始まるとき持たせた。

1日1信なんて言いながら。
ペンをとってハガキにむかい
ポストに入れ、届く便り。
「離れていてもあなたのことを思っているよ」
私からの便りは毎日とはいかなかったが
父と母の思いはしっかり私に届き、
いつもいつも支え励ましてくれた。

川霧に覆われた朝の木立

散歩していてナディがみつけた雪の中の
ヒミズの美しい死体(3回目)

お昼はナディを迎えにきた友人のネパールでの土産話

本日のおかずは、エビと豚ひきを練り合わせて
炭火で焼いたベトナム風の竹輪 チャオ トムそれとおでん。
梅酒少々。

お風呂に入る前の子どもたちは
創作ウルトラマン特撮「壊された道路・予告編」
の撮影!?に盛り上がる。

今朝は4時半に起きたというのに全く「かかさらない」原稿。

そして私のため息。

薪ストーブの上の鉄瓶からシュンシュン湯気が立ちのぼる。

あなたはどんな1日をすごしたんだろう?
今日は何するの?

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2007年12月13日 (木)

かかさらない

心はいまだ放心状態。
食欲は少しずつでてくる。
冬はやはり蓄えなければね。
タイマグラではちょっと寒さが堪える。

高校の数学の教師によく
「放心しておるな」
と言われていたのを思い出す。

…が、六ヶ所村をとりまく動きは刻々と。
高橋県議の頑張り何とか応援したい。
来週はM市長との懇談。

年明けに、ちょっとした…岩手の人たちへの企て。
昨日は、いや今日か2時まで
手紙書き。ヒタスラにヒタスラに。
書く書く。80通。今日は続き。
一人でも多くの私とつながる人たちに
六ヶ所を伝えたい。
でもこの生活時間からまず修正しなければ
週末は賑々しく年末コンサートと餅つき
というのに・・・。

年賀状のために買った筆ペンが既に
つかなくなってしまった。
岩手ではペンがつかなくなったことを
「かかさらなくなった」という。
かけなくなったという。
流れるような岩手の言葉は
もちろん話すこともできないが
この「かかさらない」という言葉の音が
私は好きで使わせてもらう。

さー木曜日。新聞締め切りというのに
一行も書いてないぞ。
パソコンなので「かかさらない」は通用せず。

いよいよナディと今日はお別れだ。
スペシャルお散歩もしたいのだけれど。

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2007年12月10日 (月)

沖縄の風

那覇空港へ向うレンタカーが走り出すと
ラジオから矢野顕子の
「自転車でおいで」が流れてくる。
いつも車で聞いている曲。
もう涙がそこまで出てきそうだったのだけど
同乗の兄や姪っ子たちを驚かせても悪いので必死にこらえた。

金曜の朝一番でタイマグラを出発。
従兄弟の結婚式で沖縄行き。
昨晩雪のタイマグラへ帰ってくる。
温度差25度。

もうすっかり36歳のいとこだが、いつまでも「…ちゃん」扱いでごめん。
子ども時代、東京時代もそれほどお世話はしてはないけど
でもね心配はしてたのよ。
これから進む自分の道、そして二人で歩んでゆく道。
どうぞよき道が開かれていくように。

沖縄へは私が中学1年生から二人の兄たちの遊学をきっかけに
毎年行っていた。
今回の旅は15年ぶり。
上の兄は家族5人で出席
下の兄と私はそれぞれ三人の子どもと連れ合いはお留守番
久々の一人旅同士。
青春プレイバックをすることにした。

朝5時からいろんな話をしながら散歩をする。
「レンタカーで回ろう!」と結婚式が始まるまでドライブ。
何の予定も入れていなかったこの旅の自由さ。
宜野湾のアパート、琉球大学、宜野湾セミナーハウス
親と旅行する中学を卒業しても
何故か沖縄にひかれた。

兄の下宿していた中城の家はもうだれも住んでいなかった。
ドアノブが壊れてツッカエ棒でしっかり止めてあったが
500円玉ほどの穴から中を見る。
そのまんま時間が止まったような部屋。
ルームシェアしてた兄の友人にも夜那覇で再会。

帰る日も5時から8時過ぎまでしっかりドライブ。
御嶽(聖地)へ行こうかといっていたのだが時間切れ
琉大医学部の駐車場から朝日を見る。その手前に久高島を望む。
それぞれ家庭も仕事も忙しく話す機会も昔ほどなくなっていたけれど
兄から受けた影響は20代の前半にかけて多かったな~と思う。

神戸へ向う兄たちを見送り、30分後に私の乗った
飛行機も飛び立つ。
・・・と何だかこらえていた涙が流れだした。
隣のおしゃれなシャツを来たオニイサンに
気づかれたくなかったのだけれど…。
何の涙だったのか自分でもよくわからない。
「沖縄病」ととりあえず名づけることにしといた。

感謝の涙かな。

本日はフーチバージューシー(よもぎのぞうすい)
ジーマーミー(ピーナツ)豆腐 by わさび醤油
沖縄ソバ、豆腐ようの夕飯。

この一ヶ月半私のつぶやきを黙って聞いてくれたナディ
先週ネパールから戻った飼い主がお迎えに来る。

今日は1日沖縄病により放心状態。
何事も手につかない。
明日には回復しなければ・・・。
できるだろうか。

子どもたちは私の留守中に友達にもらった
ウルトラマンコスモスメビウスのDVDにすっかりはまり
夕食後「カカも一緒に見たほうがいいよ」とのすすめで見る。
7歳はまだ時おり「ウルトラマン」だったが
もうとうに卒業したと思っていた10歳
そして12歳までもまるで夢中。
永遠の憧れ。

子どもたちへのお土産はサトウキビと
それぞれに選ぶ。

7歳にはハブのおもちゃ。
あれなんという名前だろう
「うそつきは指が抜けなくなるっ」て
ドキドキしながら指をつっこんで遊んだ。
クバで編んであるのかな?
値段も当時と同じくらいで売っていて
嬉しくなって迷わず買った。
私のセーターの中に頭を突っ込んできて
「あーカカは沖縄のにおいがする」

10歳には沖縄の貝のトランプ。熱帯魚と
どっちか迷ったけど形、色フェチの彼にはコレ!
「今日はカカがいるから百ます計算ちょっと
間違えたけどヘイキだった」と嬉し恥かしそうに帰宅する。
鳥の巣の本読んで!というので一緒に読んで寝る。(その後復活)

12歳にはガジュマルの枝3本。
育つかどうかは極めて怪しい。それも真冬。
せめて夏までもつならそれから水に挿そうか
それともガジュマル温室を工作するか
思案している。12歳食事後
「では聞かせていただきます。
何を食べましたか?そして一番楽しかったことは何ですか」

そうね。一番楽しかったことは何かな~。
沖縄の風を感じたことかな。

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2007年12月 3日 (月)

どんな声 どんな人 どんな気配

朝からその辺で北島サブちゃんが歌っているでは?
と思うような吹雪。(笑)
午後から細かい雪に変わって15センチは積もったかな。

今日は日報の来週分と看護の専門誌の巻頭エッセイ アガリ!
外はしんしんと雪。私は着々と仕事。
合間にちょこっと裁縫したり、おやつに紅茶のケーキを焼いたり
行動範囲は非常に狭いけれど、はかどるぞ。

こんな山の中なので、居ながらにしてつながる事ができる
インターネットは
便利といえば便利(ダイアルアップ回線だが)
だけど何だか物足りない。

使っておいてなんなのだけど、
宿のお客さんとメールのやり取りだけで
当日を迎えるのが不安…。

原稿依頼のメールはもらったけれど、
どんな担当の人なのだろう。
温かなメールの文章から
何となく人柄もわかるけど…。とか。

直接会ったり、電話で聞かないと、
なんとなくホントかな?って。
いつの間に古いタイプになってしまったのか。

ここへ来る前、東京で雑誌の編集部の
下っ端やっているときに
都内、埼玉、千葉あたりまでは原稿やイラスト、
絵などは直接受け取りに行った。
すでにバイク便や宅配便、ファックスで入稿ももちろんあった。
でも直接会って・・・。
そんなスタイルにコダワル編集部の雰囲気に
古い人たちだな~と思いながら嫌いではなかった。

料理人の台所、画家のアトリエ、写真家のスタジオ
オバサマたち人気の俳句のセンセイは都内のホテルへ。
イラストレーターの古くて小さなおもちゃ箱のような仕事場。
時には何かの行き違いで機嫌をそこねた医者の診療所へ
上司が依頼した原稿を取りに行き、私が怒られたこともあった。

空気を感じ、人に会う。
作品が生まれてくる部屋は楽しい。
原稿取り。忙しいときにちょっぴり面倒でもあったけど
そんなお使いの時間が好きだった。

今週末、沖縄で会う友人へ電話をした。
メールでやりとりしていたけど確認。
変わらない声。15年ぶりだろうか。
ほんとに会えるんだっなって、ちょっとほっぺたつねってみたい気分。

わが家の気配は「6人兄弟」の子どもたちの賑やかな声。
山の音楽家を歌う子(わたしゃおんがーくか・・・)
学校のお友達のお話をする子。
お布団の中でコショコショクスクス
なんでこんなに楽しいんだろね。

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2007年12月 1日 (土)

6人兄弟

今年の春から連れ合いの下の弟家族も
タイマグラの住人となった。
といっても弟は東京で単身赴任。
正確には4人の子どもと連れ合いの5人が
タイマグラの住人。
相方フィリピンの人なので
先日からの寒さは相当堪えている。
私が来て3年ほど鬱々としたのも冬。
静寂が支配する美しい季節なのに
それを楽しむ余裕がない自分がまた辛かった。

なんとか彼女も楽しみが見つけられるように
支えてあげたい。

妹がオランダでよき友との出会いに恵まれるように
との思いも重なる。

昨日から1歳の末っ子連れて東京で所用があり
8歳6歳4歳お留守番。
平日の学校送り出しと保育所二人のお弁当
連れ合いの両親も大変そうなので
にわかに明日からわが家は6人兄弟。
さー昔の母ちゃんってどんな感じだったか
ちょっくら体験してみるか~。

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