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2007年3月16日 (金)

悲願達成

味噌玉は頭上にブラブラ吊るされてるし
一旦フクジュソウやマンサクも開花
子どもたちも終了式やら卒園も間近。
私は急遽島根春の陣というのが浮上して
出発前あたふた。暦はもう3月も中旬。

なのになのに3月寒波がんばってます。
これまでラララ気分で冬も体が動いていたのに
気分が春になっている分
寒さぶり返しで体の動きはにぶく・・・・。

そんなドサクサに!?3年越しとなったビッリビリの障子
とうとう張り替えた!!
なぜ今!?と思わず自らつっ込みをいれたくなるような忙しさに。
しかし挑戦してみたくなってしまう悲しい性。
やってみりゃ3時間たらずのことだったのだけど
この3時間を生み出すことができなかった・・・。
というかやる気を生み出せなかったのか。
協力してくれた(巻き込まれた)連れ合いに感謝。

張り替えたといっても入り口の1間ちょっとの2枚分。
まだまだあるぞビリビリの障子。
それでもそれでも部屋は何だか明るくなるし、
私の悲願もかなって心も軽く~。
ま、これくらいのことが悲願か・・・とふと思わないでもないけど
やっぱり嬉しい。

子どもたちにはもったいぶって
「何か変わったと思わない?ね!ね!」
と前置きして部屋に入れたのだけど
キョトン。
そんなものなのね。子どもたち・・・。
そんな無意識のうちに障子もやぶられていくのだろうか。

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2007年3月 9日 (金)

消えたゴム手袋

ここに来てまた朝も冷え込んだりして
子どもたちも存分に寒さを楽しもうと氷づくりを計画。
ゲージュツ家たちはゴム手袋に水を入れて
「手の形の氷」作りを試みた。

予報では盛岡の朝の気温はマイナス3度
ってことはタイマグラは
マイナス6度くらいにはなるかな・・・と
いそいそと夕方ゴム手袋に水をいれ輪ゴムでしばって
家の前のハギの木の枝にぶら下げた。

寝起きの悪い9歳、今朝はパッとおきて
ゴム手袋へ直行。

「タイヘーン!」
ぶら下げたゴム手袋がなくなっているという。
その周辺には足跡がたくさん。
ここのところ夜になるとタヌキとテンが
堆肥場で大宴会をしているらしい。
キツネもウロウロしているし。
きっとかれらの仕業だな。

「手袋を買いに」って寒さをしのぐために
こぎつねが片手だけ人に化けて
手袋を買いに行くお話があったけど
ぶら下がってたゴム手袋で
手をうったのかな山の動物たち・・・。

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2007年3月 8日 (木)

「無」になって息抜き

今日も雪が舞っていた。
ガラス越しに見ながら台所仕事をしていたけど
いつの間にか降る雪に吸い込まれるように眺めていた。

雨や雪を眺める時間。
ふっと「無」になっている時間が何だか嬉しい。
「無」になるとき。

本日の「無」は、煮干の頭とハラワタをとり
焦げ付いた鍋をステンレスのタワシで
磨いているときうまれてきた。

もちろんはじめは確固たる信念をもって
それらに取り掛かるのだけれど
いつのまにか「無」になっている。

禅宗のお坊さんやヨガの行者が瞑想して
無になる感覚を、私は知らないけれど
家に居ながらにして、それも家事をすすめながら
無になれるなんて何だか得した気分。

・・・決まってそういうことをするときは
優先順位でかなり早急に
やらなければならないことが
ある時、とわかっているのだけど。

私のメールソフトも昨日ちょいとトラブルで
設定から友人知人のアドレスから全て無になった。
パソコンよあなたは息抜きしなくていいのに・・・。

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2007年3月 7日 (水)

雪の日

南向きのわが家、ほとんど雪がとけていたけど
また真っ白に塗り替えられた。

今日は予報どおりの雪。
風も時々山の向こうからびゅーっと吹いてくる。
昨日はマンサクとフクジュソウの
黄色い花を眺めていたというのに。
今日は雪をかぶってしまっただろうか。

暖冬のまま3月がはじまり
まもなく春も本番。
今日の寒波は行く冬を惜しむように楽しもう。

薪も不足することなく助かった。
家の中では薪ストーブも
「味噌玉の乾燥のため」と言い訳しながら
ふんだんに燃やしている。

今日は連れ合い早朝から出かけていったので車なく
6歳保育所お休み。
おじいちゃんおばあちゃんの家へ。
時々恐いような風に立ち止まりながら歩く。
卒園の歌をうたったり道路にお友達の名前を書いたり。
寒いけど楽しい朝のお散歩。
軒下の凍みホドもちゃーんと凍ってる。
うれしい冷え込み。
午後も雪は続きそう。
9歳11歳も雪合戦しながら帰ってくるね。

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2007年3月 5日 (月)

味噌桶タイムカプセル

週末味噌玉つくりをした。
金曜日は子どもたちと。
土曜日にはエコツアーとしてお客さんたちと。
個性あふれる味噌玉が今ストーブの部屋に
ブラブラと吊るされている。

ちょうどそれとあわせるように
(ってある程度わかってもいたけど)
うかたま」の6号が届いた。
今回はこの味噌玉つくりを思いながら
書かせてもらった。

味噌玉作りのあとは藁をないながら
二つ一組にして吊るした。

この「なう」という作業は参加者全員初めて。
まずは藁ないの練習から。
さっとコツを飲み込む人
なかなか出来なくて困っている人・・・。
ワイワイガヤガヤ・・・。

そして長い年月淡々とこの作業をしていたばあちゃんを思う。

部屋に吊るして1ヶ月後には味噌玉を桶に仕込む。
そして二年の熟成にはいる・・・。
その頃私は、家族は・・・と二年後を思いながら。

土曜日の朝、2年前に仕込んだ味噌の口開けをした。
これまで続けられた感謝と、
これからも続けられるようにと祈りながら。

「味噌は生き物だと思うよ。味噌は生きている」
とばあちゃんは言っていた。
そして味噌は自分が動けなくなっても3年は保障してくれる
保険のようなものだとも言っていた。
味噌がなくなる頃ばあちゃんは天国へ旅立った。

毎晩のようにエサをさがしにやってくる山の生き物たち、
こんな気候の異変の中、鮮やかな黄色い花を咲かせたマンサク、
今はエネルギーの塊りのような子どもたちのやがて来る巣立ちの時、
桶の中で静かに生きている味噌・・・
命あるものに囲まれている暮らしが
私に未来を思い描くことの必要を教えてくれる。

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