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2006年11月30日 (木)

国策

雪が降り始めた。

あたふたと製材所でもらってきた、食パンでいうなら「耳」の部分。
丸太から角材をつくるために不要となる材を束にした「セッカワ」を
軽トラでもらってきて、せっせと切っては積み上げる。
なんとか12月中旬くらいまでは、これでもつだろうか。

先日、映画「かもめ食堂」を観てから、
おにぎりやらシナモンロールやら
おいしそうで、
「そうだおやつはシナモンロール」と作り始める。

はっきり言って今日中に書き上げたいものがあって
やってる場合ではないのだけれど
そういう時に限って、横道にそれてしまう困った性分。

夜は日本一おいしいと言われている三陸広田湾の牡蠣を昨日もらい
今晩は牡蠣フライ!
添えるタルタルソースを作る!
と思ったらマヨネーズがないことに気がつき
材料をミキサーに入れ、サラダオイルを慎重に入れていた。
この糸のようにオイルを入れるところが
失敗と成功を大きくわける運命の分かれ道。

・・・と、そこへとんでもないニュースが飛び込んだ。
お隣遠野、といっても広い遠野市、その中でもタイマグラに直線距離で
10kmくらいって所で、
あの六ヶ所村の核燃リサイクル施設で再処理の際に出る
高レベル放射性廃棄物。それの地層処分に関わる影響調査として
来月ボーリング調査をするというのである。

地層処分・・・
つまりガラスとかで固めた核廃棄物を深ーく埋めて
処分しちゃったことにしようってこと。
なにー!!!!

日本原子力研究開発機構(あー漢字が一杯!
それだけで何だかたぶらかされている気がしてくる)
は地表部の調査はすでにしていたらしい。
この調査が最終処分候補地の選定とは関係ないって
言ってるらしいけど火山、断層、地震の影響が
少ないここ北上高地とか全国4箇所が
調査のモデル地区になってるとか。(でもボーリング調査は遠野だけ)

クリーンなエネルギーって国として原子力発電をすすめているけど
核廃棄物の処分とか古くなった原子炉の処理とかって考えれば
こんなに危険でお金のかかるエネルギーはないんじゃーないの?って
電気の恩恵をバリバリと受ける生活をしていてなんだけど
やはり自然エネルギーを開発したり
もっと電気に頼らない生活を探していかなくちゃ
省エネ!もう今日は寝るぞ。原稿はまた明日の朝。
基地にしても原発にしても自分の近くになきゃいいやってんじゃなくて
それ自体がない世界に向わないとね・・・。

子どもたちも「どうしたらいいの?」
考える。動く。
・・・けど明らかなのは核は子どもたち次の世代に
とんでもないおき土産になってしまう事実。

幸せのタルタルソースになるはずのマヨネーズ。
これまで失敗したことなかったのに
わなわなとオイルを入れるのに集中できなかった。
今日は分離して大失敗。なんとしてくれる
このオイル3カップ分のマヨネーズを!!

国民を不安に陥れる国策って!やっぱりそういうものなの?

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2006年11月28日 (火)

ストーブボンボン

雨。雨が降るというのはこの時期
比較的暖かい日ということでもあるのだけれど、
寒い。プラスの気温なのだからまだまだ・・・。
山の木々はすっかり葉を落とし、
これから雪に覆われれば、
タイマグラはモノクロの世界が続く。

韓国へ行っていた11歳、無事に帰ってきた。
たったの4泊5日だったけれど、いつでも一緒の三兄弟。
9歳と6歳も待ちに待った帰国。
お迎えの車の中では
ハングルの「おかえり!」ダニョオショソヨ!を連呼している。

1日目釜山からの11歳の電話、
こちらの問いに「ん~」と答えるだけで、
ずい分素っ気なかったじゃないの・・・というと
「あれ以上話したら涙が出そうだった」のだそうだ。
でも帰る日にはもっともっと韓国にいたかったとか。

釜山のパートナー、ヨハンの家の方にも暖かく迎えられ
日本語ができるお父さんと思っていたら、
お母さんが日本語がとても上手だったのだとか。
数ヶ月ぶりに会ったヨハンは髪の毛が伸びて染めていた。
お母さんが
「11歳くんもヨハンみたいに染めますか?」
と言ったらしい。
しかし11歳は
「お母さんに怒られるからやめときます(笑)」
と断ったのだとか。
いや、怒りませんよ、私は。
ちょっと怖気づいた?ってのもあるかもしれないけど
「お母さん」がちらつくのも事実だろうな~。
重たかったか、お母さん。
でも私のせいにしないでよ。
確かに私はわざわざは染めたりしないけど、
やってもらうのもいい経験と思った(かもしれない)。訪韓記念に。

ヨハンをはじめ、釜山の小学校の子どもたちとも
すっかり仲良くなってきたようだった。
また一緒に日本から行った別の小学校に通う
子どもたちとも、一気に仲良くなれた。

どんなお土産を買ってくるのかと思っていたが
韓国の金属のスプーンとお箸のセットや
刺繍を施した鮮やかなペンケースを色違いで家族の分。
私には韓国のゆびぬきを3つお土産に選んでくれた。
買い物などほとんどしたことのない11歳が
一生懸命探した様子を思い描いた。

春、私が読んでいた本の表紙にあった
韓国のゆびぬきを
「きれいだな~」と
眺めていたのを覚えていてくれたようだ。
花の刺繍の二つとあと一つはキノコ?をモチーフにしたような
不思議な形。
不思議デザイン好きの私としてはグッときた。
早速私のお宝に仲間入り。

これまで
「韓国は興味ない。オレはパプアニューギニアに
行きたい!(何か惹かれるものがあるらしい)」
と言っていた9歳だったが
「オレも韓国行きたい!!」(カカも行きたい!)
俄然行く気になったらしい。
お土産の韓国のお面のキーホルダーを見ながら
取り付かれたように厚紙で製作。
お面をかぶって畑を飛び跳ねていた9歳。
行けるといいね。

11歳は韓国での刺激的な5日間を終え
今また薪ストーブに火吹き竹でフーフーと火の番をしている。
「火をボンボン(火力を強くという意味)にしないと宿題できない」
といいつつ、宿題よりも火熾しを楽しんではいないかい11歳。
・・・でも助かるよ。
今しばらくこの山の暮らしを楽しんでほしい。

11歳にとっても留守組にとっても、いい時間が流れていた。

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2006年11月25日 (土)

正体

あと一ヶ月なのである。

クリスマス。
正直私としてはクリスチャンでもないし
どーでもよい・・・といってしまえばそうなのだけど
やはり盛り上げてあげたくもなるのである。
いろいろ感謝したりする一つのきっかけというか・・・。

今年は9歳がかなりサンタさんに疑いをかけてきた。
「ねー本当のこと言って!ホントはサンタさんって
トトとカカなんでしょ!」
と迫ってくる。
学校の友達とそんな話題になって
「ガビチョーン!」とショックを受けたのだろうか。
「そんなそんなはずはない!」と葛藤があったのだろうか。

去年のイブは松江へ帰省のための寝台列車の中だった。
枕元には9歳が5歳のころから始めた
切手コレクションに加えてもらおうと
ポーランドの切手(私の独断。なかなかデザインが素敵なのである)
あと9歳好みの爬虫類や魚、動物ものの切手を置いた。

子どもらなりに、サンタさんは大丈夫だろうか、
どうやって移動中の僕らがここにいることに気づいてくれるか
と心配していたが、無事にやって来たのだった。

が、かえってそれが今年の9歳の疑いの
裏づけとなったのかもしれない。

先日から
「ねー本当は・・・」ってやり取りをしていると
11歳はニヘヘと笑っている。これはわかってるな。
信じるものは救われる!?といったところだろうか。

一方6歳は真剣そのもの。
「サンタさんはいる!オレは信じてるよ。
保育所に来るのはニセモノだけど・・・」
疑う余地はなく信じている(涙)。

私も9歳の頃だった。薄々感じ始めたサンタが親説。
「寝ずにがんばる!」と決めたものの、やはり眠ってしまって・・・
ふと気づくと消したはずの明かりがつき、兄たちが
「寝たよ寝てる!」
とか言いながら、なにやらゴソゴソ枕もとでやっている。
私はひたすら耐えて再び明りが消え静かになった部屋で
枕元にそーっと手を伸ばすと、ガサゴソッとなにやら手に触れた。

「サンタさんはいる!と思う気持ちがサンタさんを呼ぶんだよ」
といってはみるが、9歳はもうすでに卒業か。
「サンタさんを捕まえる!」
と、なにやら物々しい計画も立ててはいるようだけど。

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2006年11月22日 (水)

出発

5時30分集合に万全の体勢で臨むべく!?
(雨続きだったので途中がけ崩れ危険箇所などあったり・・・)
4時40分出発。

11歳韓国行きの昨日の朝のこと。

前日は11歳、
「お風呂入って寝てっ!」て頃になって、
釜山の学校で発表するリコーダーの練習なんてやっている。
「下手にリコーダー出して、
荷物に入れ忘れたりするからもう寝た寝た!」
往生際が悪い!
まるで出かける前日に猛然と部屋を片付け始めて
寝られなくなる私を見るようで哀しい。
日頃の備えというものができない。

連れ合いは日本横断中の24歳青年と話しがはずみ
私は先に布団に入ったものの、
何となく寝つけず2時頃まで起きていた。
朝起きるのは当てに出来ないし・・・。

まったく子どもの遠足状態である。
私は張り切っているわけではないのだけれど
この場合「寝過ごした!」では
ちょっと洒落にならないし。
何となくトイレに行ってから
寝たいような気もしたのだけれど、
「トイレに行きたくて目が覚める!」効果もねらって、
まさに体を張っての4時起き。

軽く何か食べ物を入れたほうがいいかな~と
小さなおにぎりとお茶とバナナ。
前日に焼いた上出来のレーズンとクルミのパンも
食べたいって言うので、それも少しつまんで。

4泊といえば大したことはないが、
11歳にとっては初めての外国であり、初めての4泊・・・。
さりげなく見送りたいのだけれど、まだまだ未熟モノ。
9歳がちぎり絵で力作「いってらっしゃいカード」を作って
皆で書いた一言メッセージを
パスポートと共に胸のポシェットに入れて。

夜、私は耐え難い睡魔におそわれ早々に寝たのだが
9時半頃9歳と5歳が
「カカ!カカ!11歳から電話!」
連れ合いが何だか話している。
受け入れ先のお母さんが電話をかけてくれたようだ。

私は頭が
「○×△・・・」
おっ!かわってもらお。

「無事ついたんだね~」
「ん~」

「元気~?」
「ん~」

「明日は学校でリコーダーがんばってね~」
「ん~」

言葉を忘れたのか11歳・・・。
そんなもんでしょ。
まー何とかやっているようである。

手をつなぐこともなくなったし
寝る前にチューしてとも言わなくなったし。
滅茶苦茶甘えん坊だったのにね。

さー世界は広いぞ!
どんどんいろんな場所や人や本に出会って
心を耕してちょーだいね。

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2006年11月17日 (金)

風を感じて

自転車をもらった。
折りたたみで6段切り替え。

6歳が春から自転車に乗れるようになってから
三兄弟、外遊びの1番人気は
「自転車でひとっ走り行ってくるわ!」

9歳にちょうどよい自転車がなく、
交替で乗っていたのだけど今回の自転車
サドルを調整すれば9歳も乗る事ができる。

「5時に起こしてね!」
と張り切って寝た9歳。
いくら何でも5時はまだ暗いし・・・
6時前に起こす。
ぱっと起きて、ぱっと着替えて
朝はいつも機嫌の悪い9歳が
にこやかに登場。自転車の力・・・。

11歳も起きてきて二人でクマよけに大きな声を
出しながら朝の自転車のり。
薄氷の張った水溜りや霜柱を乗り越えて。

しばらくすると
「早池峰きれいだよ!来て来て」
すっかり雪がついた早池峰に朝日が当たって
赤く染まっている。

自転車が大好きだった。
今ではすっかり納屋につっこまれたままの
かわいそうな私のえんじ色の自転車。
また復活させてタイマグラの風を感じてみたいな~。

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2006年11月15日 (水)

これからのあたらしい学問

先日の盛岡での上映&トークも無事終わり
懐かしい方やら新しい出会いやら
毎度毎度ばあちゃんの繋いでくれる縁に今回も感謝。
会場は「ばあちゃん」に会いに来る方の熱気に溢れていた。

ドキドキのトークも吉成氏のリードであっという間の1時間。
吉成氏自身も東京での仕事に区切りをつけて岩手へきて10年。
そして3年前からはタイマグラのむこうをはる!?葛巻に移住。

対談の時にこの春からの
炭焼きを教わったエピソードをした時に吉成さんは
宮沢賢治の詩の一節をつなげてくださった。
聞いたことのある詩だったけれど
何の詩だったか思い出せず、連れ合いに聞くと、
さっと詩集を持ってきた。

部屋は片付いてないけど
こういう頭の整理は別回路。
さすが・・・!?なのである。

春と修羅
稲作挿話

抜粋
 これからの本統の勉強はねえ
 テニスをしながら商売の先生から
 義理で教はることではないんだ
 きみのようにさ
 吹雪やわづかの仕事のひまで
 泣きながら
 からだに刻んで行く勉強が
 まもなくぐんぐん強い芽を噴いて
 どこまでのびるかわからない
 それがこれからのあたらしい学問のはじまりなんだ

知恵。机の上の知識だけではないこの感覚は
時間を越えても変わらず受け入れられるものなのだと思う。
ともすると頭だけで理解しそうになる私に刻んでいきたい
「これからのあたらしい学問」。

12月の2日から8日までは東京渋谷のアップリンクで
伊勢慎一さん監督・プロデュース作品特集の中で
タイマグラばあちゃんの上映も。
東京周辺で見逃したかたこの機会に是非。

今朝外は真っ白。
お日様があたりはじめると木についた雪が
一斉にキラキラと輝き始めた。

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2006年11月13日 (月)

僕たちの池

タイマグラの小学生5人の通学は、村からのスクールタクシーを利用している。
道草の楽しみはないものの、タクシーの待合場所には小さな池があって
さまざまな生き物がやってくるのを観察して楽しんでいる。

ある日迎えの時間を勘違いして1時間ほど
その池周辺で遊んで待つことになった。
そのうちにアブに刺された子が泣き出したりしたものだから
5人でドキドキしながらウチに歩いて帰ってきた。
距離にしてみればたいしたことではないのだけれど
クマが出たり、歩道がない割には交通量があることなど
これまで子どもたちだけで歩かせたことはなく、彼らにとっては大冒険。
帰宅するなり、9歳が池の中にたくさんのミズカマキリが
生息しているのを見つけたこと。
お友達がアブにさされて「虫刺されにはヨモギだ!」
とヨモギの葉をもんで、すりこんだことなど、興奮気味に報告してくれた。
春には菖蒲が咲き、夏にはギンヤンマ、イモリ、ミズカマキリ、ミズスマシ
小さいけれど小宇宙といった池。

それが今日迎えに行って池の横をふと見るとアレレ?
子どもたちは車から飛び出し、池を見に行く。
池には重機が入ったようで、
水はなく田んぼの黒塗りのような状態。

「僕たちの池をなんてことしてくれるんだ!」
もちろん子どもたち所有の池ではないのだけれど
僕らの小宇宙がなくなってしまった。

作り変えるのか、つぶしてしまうのか。
皆で池をのぞき込む日がまた来ればいいのだけれど。

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2006年11月10日 (金)

ごめんなさい。ありがとう。

その電話は、出かける時間の迫った夕方だった。
「今日宿泊してもいいですか?」
うーん、連れ合いはいないし、私が戻ってくるのも遅い。
あまりにも突然だし
「申し訳ないのだけど」とお断りした。
すると
「明日は?」と聞く、
ウチに来るために悪いな~と思いながら
来てもらうことになったその人。
よくある名前のイシダさん。

到着したのはもう5時をまわっていた。
暗がりの中車から降りてきたイシダさんに
「こんにちは。どうぞよろしく」と言うと
「こんにちは。yamaさん。僕、あなたのこと知ってるよ」とイシダさん。
なに~!?

これまで25年間封印してきた私の記憶が一気に蘇る。
イシダさんは中学一年の私の担任。
私は新卒でやってきた彼を相当手こずらせた悪い生徒だった。

一年目で私のような生徒が教師のやる気を削いで
しまったためか、彼はその後数年で中学教師を辞めフランスに留学した。
アーティストとして活動しているという話は
風の便りに聞いていたのだけれど。

なぜにあそこまで頑なに彼を嫌っていたのか。
このいじめが取りざたされる今
ひょっこりと現れた彼に、
改めてかつて私の中に巣食っていた悪に気づかされる。

じっと相手の目を見ながら話すのは今も変わらない。
13歳の私にはその目を見ることができなかった。

連れ合いの高校時代もそうした教師いじめがあったのだという。
そんなクラスにむかっ腹がたち連れ合いは真っ向から対抗して一喝した。
連れ合いはそんな人である。
子どもたちもそんな話を聞きながら、今日夕飯を食べながら、
イシダ先生の話になり
「何でカカはトトみたいに止めなかったの?」
「・・・弱い人間です。ごめんなさい」

こうして深夜までお酒を飲み、薪ストーブにあたりながら
語る時が来るとは。

翌朝ばあちゃんの畑を一緒に歩く。
初冬にしては暖かな朝。
タイマグラの空の広さと、
私を訪ね、許してくれたイシダ先生にごめんねさい、ありがとう。

今思えば「僕の好きな先生~」的な教師だったのかも。
教員を辞めるきっかけになった、教師の偏差値操作に
やりきれなかったと嘆いていた。

イシダ先生も私の山での暮らしを、
ひょんなことから聞いていたのだという。
そしてこの夏の同窓会をきっかけに私の連絡先がわかったと。
同窓会のお知らせがあった時からヒエーと思っていたのだけれど
10年、20年変わったような、変わっていないような私。

いろんな人に迷惑かけながら、ホント気づき成長させてもらった。
あまりにもゆっくりと大人になっていく私。
後(息子たち)がつかえているんで
もうちょいとピッチ上げたほうがいいかも。

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2006年11月 9日 (木)

ラストスパート

立冬も過ぎ「さー来い冬!」
昨日の朝は一面雪!を子どもたちと期待していたが
空振り。でも早池峰、薬師はもちろん周辺の山
川を挟んで友達の家では薄っすら雪化粧のタイマグラ。
寒いのはどちらかといえば苦手だけど
いつでも初雪にはココロワクワクしてしまう。
子どもたちなんて前の晩は
「ゆーき! ゆーき!」と雪降りを待つ呼び声!
でもちょっとその前に畑の大根抜かなくちゃ。
なかなかいいのができた。もっと播けばよかった・・・
と欲が出たりして。感謝。

11歳の韓国行きも近づき
昨日はハングル講座も最終日。
そんな気配にいつものーんびりの11歳も
「いよいよ・・・」と思ったのか
『10日間のハングル』とかって本をひっぱりだしてきて
2日前からはじまった。
まだ間に合う。
しかし11歳、今になって
律儀に「1日目 ハングルの基本母音」から始めるとは

「ア・ヤ・オ・ヨ・・・」
親心としては、ここまできたら
会話やら、動詞のチェック・・・と思うのだけど。
「先生に電話したい」
「トイレに行きたい」
「~が痛い」

もちろん
「ありがとう」
「美味しい」
「嬉しい」
「面白い」も。

まーだいぶ分かっているようだけど。
あとはきちんと自分の意志を伝える度胸か。
伝えようと思えば伝わるでしょう。
実は釜山から夏に来たヨハンに聞いたら
日本への水産物の輸出を仕事にしているとかで
「お父さんは日本語できる」と言っていたのだけど
でもね、いつも家にいるお父さんじゃないかもしれないし。

たとえ『10日間のハングル』が3日坊主になろうとも
11歳は大丈夫。(by 親バカ)カカは応援してるからね。

最近薪ストーブ仕事!?も更にグレードアップ
父親の影響か炭に興味をもつ11歳。
先日クルミの殻を焼きよいタイミングで出して
灰をかけてきれいなクルミの炭を作った。
「これもヨハンにお土産にしようかな?」
夏に楽しく遊んで欲しがっていた
水木しげるの妖怪花札と
クルミの炭をヨハンのお土産に準備して
準備もラストスパートへ。

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2006年11月 6日 (月)

満月

週末、連休にかけてまたまた個性豊かな人たちとの出会いがあった。
2年半日本の森を訪ね歩いている京都の青年。
2年前に「タイマグラばあちゃん」を見て来てくれた東京の大学生。
この夏から3度目のタイマグラ。東北の山、街歩きを楽しんでる
ちょっと私の妹似のKさん。(いつも子どもたちととことん遊んでくれて感謝!)
そして思い起こせば10年近い付き合いになるゆーこさん。
彼女こそ!?タイマグラばあちゃんが「いーおなごだ!」と褒めた
お墨付きの働き者!?
今回も布団干したり、くるみほじくってくれたり、薪割ったり、
犬の耳掃除したり、 11歳ににベーゴマの特訓つけてもらったり・・・
いろいろ働いてもらいました。
去年もこの時期、紅葉の頃たずねてくれたゆーこさん。
「行ってもいいかな?」って電話もらった日の朝
紅葉の山を眺めながら彼女のことを思っていた。
帰る日は最終の新幹線に間に合ったかな?

タイマグラを出たのはもう夕方の5時をまわっていた。
いろいろお土産もらっちゃって、うちの大根やら
ニンニク味噌やらあと何かないかな・・・と思いながら
時間がやってきて、車に乗って県道に出る手前。
あったあったいいお土産!
東の空から大きな大きなお月様が顔を出すところだった。
「よかったこの時間にして!」と思わずゆーこさん。
ほんとにきれいなお月様。

車中で「帰りたくないな~」とゆーこさんが言うもんだから
「帰したくない!」などと言って笑ったけど。半分本気。

ゆーこさん見送って家に帰ってきて
子どもたちと置き土産のチョコいただきました。ごちそうさま。
そして子どもたちはこれまたゆーこさんが置いていった
ビックコミックオリジナルの吉田戦車にはまってしまいました。
うーん。おもしろいけどさ・・・。

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2006年11月 1日 (水)

カメムシの宿

今日から11月。
家の前には先日の大風の副産物ブナがゴロンゴロンと転がっている。
割って積むまでしばし家の前で邪魔といえば邪魔なのだけれど
ふっふっふ・・・思わずニンマリしてしまう。
何とかこの冬も越すに足りそうな薪が集まった。

陽がさしていない日でも山の紅葉で
辺りが明るく見える。
ズラリとならんだ薪。
まったくココロ穏やかになる眺め。

縁側に雨戸と障子で夜は仕切りがあるとはいえ
外との境があるようなないようなわが家。
出入りの多い日中、ポカポカと暖かい最近は
障子も開けっ放し。クマの気配もひと段落ついたし。

外はキラキラと文字通り輝いている。
・・・がそのキラキラはスコットカメムシ。
この時期フィールドノート改めカメムシの宿とも呼ばれる当宿の看板虫。
5月の連休の頃、再び外へ出るまで共に冬を越す心強い仲間!?・・・。

数日前から越冬隊が家の中に入り込んできた。
Xデーがやってきた。
定位置におさまるまでザワザワザワ。
夜などストーブをつけると、その暖かさにカメムシも喜びの乱舞。
とにかく私は食べ物にカメムシが入らないように目を皿のようにしている。
急須やポットも要注意!
今のところ被害者はまだ出ていないのだけれど・・・。
厄介なカメムシではあるけれど、その数が少ない年など
「今年はどうしたんだろカメ・・・」と気になったり。

今年の入りは例年通り。ま、冬も無事にやってくるのだろう。

ノド、鼻風邪がにわかにはやってきたわが家。
れんこん、大根、生姜、くず粉、かりんシロップ、梅肉エキス・・・
台所薬局は大忙し。皆さんもお気をつけて!

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